恵比寿じもと食堂 末岡真理子さん
いわゆる“ワンオペ育児”を経験し、同じような悩みを抱えるお母さんやその子どもたちが、楽しみながら食事ができる場をつくりたいと考えた末岡真理子さん。持ち前の行動力と周囲の協力者を惹きつける“磁力”を発揮して、まったくのゼロの状態から『恵比寿じもと食堂』を立ち上げ、そして理想のコミュニティを作り上げました。そんな末岡さんにこれまでの道のりを振り返っていただきながら、『恵比寿じもと食堂』の魅力や“これから”についてお聞きしました。
――まずは、『恵比寿じもと食堂』とはどういった場であるのか? どういったコミュニティであるのか? 概要からご説明ください。
『恵比寿じもと食堂』は、地域のご近所付き合いをもう一回深めよう、取り戻そうといったコンセプトで運営する食堂です。恵比寿新聞さんの一部スペースをお借りして、毎月2回ほど開催しています。こちらにあるキッチンで、ボランティアでお手伝いくださる方たちと一緒にごはんを作って、子どもとお母さんやお父さんに提供しています。
食事を提供していますし、食堂という名はついてはいるのですが、“こういうものです”と一言で表現するのが難しいですね笑。ごはんを食べるだけでなく、一緒に遊んだり、学習支援のボランティアさんと一緒に宿題をしたり、工作したり、お菓子作りをしたり、畑で野菜を収穫したりと、色々な楽しみがあって、どちらかというと“みんなで近所の家に集まって遊んでいたら、食事もでてくる”みたいな感覚でしょうか。
はじめて会った子ども同士でも、一緒に食卓を囲んでご飯を食べると、みんな本当に、すぐ仲良くなって、もう喋らずにはいられなくなるんですよね。だから、いつもものすごくにぎやか。食事って、結局コミュニケーションを取る上で、とても良いきっかけになるのは間違いありません。
――ここを中心に、どのくらいの範囲に住む子どもたちが集まってくるのですか。
渋谷区在住のお子さんが6割くらいで、あとは港区や目黒区からいらっしゃる子が3割。そのほかにも、築地から来てくれる人や、川崎や赤坂から来てくれる子もいますね。毎回、顔を見せる子もいれば、初めて参加する子もいて、顔ぶれは毎回変わります。もはや、この恵比寿エリア限定のコミュニティという感覚ではありません。最初は区報やFacebookを見てきたという方が多かったのですが、そのうち口コミで広がったり、TVニュース、雑誌や新聞を見てくれた人も親子でいらっしゃるようになりました。
――何才くらいのお子さんが集まっているのですか。
一番多いのは未就学児ですね。0才児もいますし、園児も多いです。小学1年生から5年生くらいまでの子も来ます。他の子ども食堂さんは小学生以上が中心になっているようですが、うちは“ご近所の付き合いを取り戻そう”というテーマがあるので、「周りにママ友がいない」とか、「子育ての相談ができる人がいない」とおっしゃるお母さん同士が知り合える場でありたいと思っていたのもあり、小さなお子さんが中心になっています。息抜きをしたいお母さんたちがまるで田舎に帰ってきたような感覚で利用してくれるので、自然とそういった年代の方が多く集まるようになったのかもしれません。
――料金は、大人も子供も500円と聞きました。ずばりお聞きしますが、運営コストなど大変ではないですか。
子ども食堂の中には無料で運営されているところもあるので、色々と議論はあったのですが、ここはお子さんを預かったり、たまに落語会をやったり、お菓子作りなどのワークショップを開催したり、畑で野菜の収穫体験も提供しています。食費というより参加費として価格設定しています。
一食500円で賄うのは、傍からみると大変そうに見えるかもしれませんが、調理に参加しているのはお母さんだったり生活のプロだったりするので、“1食500円で作って”といえば作れると思うのですね。ありがたいことにお米を毎回寄贈してくださる方がいたり、野菜に関してはこの近くに渋谷区から借りている区民菜園があるので、費用が抑えられます。毎回ではないですが、秋田などの農家さんから、市場に出すことができない規格外野菜などを郵送費のみで譲っていただいたりしているので、お肉や魚などの生鮮食品や調味料は買いますが、それ以外は、自給自足と寄贈品でカバーしています。
でも、何と言っても恵比寿新聞さんにここを無償で貸していただいているということが一番大きいです。そして食事を作りに来てくださるお母さんたちも、金銭的な見返りを求めるのではなく、本当に気持ちで集まって来てくださっている点でも大変助かっています。
――それはすごい!どうしてそういった“求心力”が生まれるのだと思いますか。
私という人間であるとか、この活動自体が何かを引き寄せているということではありません。恵比寿新聞さんや、集まってきてくれる人もそうですが、この地域のことが好きで、この地域にとってお母さんや子どもたちの存在は大切だということは理解しているけれども、その一方で、決して今は彼女たちを取り囲む環境が良い状態ではないことを危惧している。その二つの気持ちが『恵比寿じもと食堂』を通じて、単純にマッチングしたということだと理解しています。私が「こういうことをやりたいのでお願いします」と言って歩いていったというよりは、「こういうことをやりたいと思うのですがどう思いますか?」と意見を聞いている段階で、「すごくいいと思う」とか、「一緒にやろう」と声をかけてくださる方が多かったですからね。
――なるほど。ひとつのきっかけになったという感覚ですね
そうかもしれませんね。お米をくださる方も、恵比寿の地域の子たちに美味しいお米を食べて欲しいし、子どものことを常に気にしていたけれども、自分は仕事があって時間がなくてお手伝いができない、代わりにやってくれている人たちがいるから、お米を寄付したいと言ってくださる。私やこの活動を通じて、ここに参加している子どもたちやお母さんたちの役に立ちたいと考えてくださる人の温かい輪が広がっています。
――末岡さんが『恵比寿じもと食堂』の活動をはじめたきっかけは、どういったものでしたか。
子ども食堂について書いてあった、ある雑誌の記事がきっかけになりました。以前から、“こういうものをやりたい”と思っていたわけではなかったのですが、子どもやお母さんたちが気軽に参加できて、みんなと一緒に食事ができる場所があると知って、もう、いてもたってもいられなくなりました。なぜなら、数年前の自分がものすごく必要としていた場所がそこにあると感じたからです。
当時の私は、夫が仕事を忙しく頑張ってくれていて、今、話題になっている“ワンオペ育児”の状態にあり、いつも子どもと2人でごはんを食べているような、そんな日々を過ごしていました。でも誰かが「あなた大変じゃない」と言ってくれるわけではない。そんな家庭っていっぱいあると思うんですよね。傍から見たら、恵まれているように見えていたのかもしれないけれど、家の中ではいつも子どもと二人きり。常になんとなく窮屈に過ごしていて、常に楽しい食卓を囲んでいたとは言えませんでした。だから、こういった場は絶対に必要だと強く感じて、その日、企画書を一気に15分くらいで書きあげて、次の日からすぐに色々な人、200人くらいに見せて回ったのです。
――200人!? すごいパワーですね!それはどのような内容の企画書だったのですか。
15分くらいで書いたものなので、けっこうアバウトでしたよ笑。こども食堂をやりたくても場所がないですからね。渋谷の空き家を探したり、それも渋谷区に電話したら個人情報の問題があるからお伝えできませんといわれて頓挫。色んな壁にぶつかってカタチは変わっていきました。場所がないからキャンピングカーでやろうとか、クラウドファンディングを募って出資してもらい、支援してくれた方の会社名などのステッカーを貼って。そこでごはんを食べつつ、漫画を読んだりできるようにしようとか。あとは地域通貨みたいな、お手伝い通貨みたいなものを作って、それでごはんを食べられるようにするのはどうだろうとか。企画書というよりも、もはや思い付きレベルのプラン表みたいなもので、「これはどう思いますか」「どれだったらいけますかね」というのを200人ぐらいの方に聞いて回ったのです。
――その200人というのは、どういった方々をターゲットしたのですか?
協力者が欲しいという感覚で人に会っていたわけではなくて、あくまで何らかのご意見を伺うという感覚で、手あたり次第、お店やイベント運営団体など、片っ端からあたっていきました。幸い、ちょっとした機会があって渋谷区長である長谷部さんに話をすることができまして、2分くらい企画書を見ていただいて「いいね、ぜひやってよ!」みたいな感じのご回答をいただいたりして笑。
――ものすごい行動力ですね。
色んな人のところに押しかけていって、話を聞いて…なんだか興奮していたのかもしれないですね。そんなある日、恵比寿新聞さんが主宰するイベントがあることを知って、早めに会場に入って代表の高橋さんに企画書をお渡したら、すぐに理解してくださり、「せっかくなら楽しい場所にしたいですね」とおっしゃってくださったのです。「いかにも“良いことをしている場所”みたいになると、お母さんたちの負担になるかもしれないから、あまりコンセプトとかを押し付けずに、“なんか楽しかったね”という場所にしたいね」と。私も渋谷区らしい楽しいこども食堂にしたいと思っていたのでこの方と一緒にやっていけたらいいなと思いましたね。
まずは場所が決まり、高橋さんの豊富な地域の繋がりから落語家さんを呼んでくださったり、最初のオープンの時はすぐそこの予約が取れない和食店の料理長が、出し巻き卵の作り方をお母さんに教えに来てくれるイベントの開催にご協力いただいたりしました。そのうちに自然と周りの地域の方から声をかけてもらうようになって、恵比寿ガーデンプレイスや周辺の企業にお勤めの方々にもご協力をいただけるようになりました。とにかくこの一年間で、ご近所の住民のみならず、企業と行政も参加して、大きな輪になっていくような、そんな“つながり”ができあがってきました。
――お母さんや地域の方だけではなく、どうして企業までもが心動かされて協力してくれるようになったのでしょうか。
恵比寿にたくさんの子どもがいるにも関わらず、子どもと企業が接点を持つような機会がこれまであまり多くなかったからと理解しています。企業としても、地域に貢献したり、子どもと接点を持ちたいという思いはあっても、そういった場を見つけることができなかったのではないでしょうか。そういった方々が『恵比寿じもと食堂』のFacebook経由で連絡をくださったり、恵比寿新聞さん経由で協力を買って出てくれるなど、本当に色々な方がご協力をしてくださいます。今、都会に住む方々は金銭的なものというより、何かカタチあるものであったり、行動で協力することを好む傾向があります。そんな風に、前向きに色々なことを一緒にやっていきたいと考えてくださる方が多いのは、とてもありがたいことです。
――末岡さんの思いを理解して、末岡さん個人に協力するだけではなく、大きなコンセプトに共感して協力して動いてくださる方が多いということですね。
そうですね、でも、私だから協力してくれているという人はひとりもいないと思いますよ。うちも寄附や助成金は1円ももらってはいないのですが、良いことだからとか寄付しますとか、そういうかたちではなくて、自分がやりたいことを代わりにやっている人を応援するという、健全な関わり方をしてくれる方がすごく多いのです。
――先ほどお聞きしたように、自分は労力としての料理はできないからお米を渡すとか、そういったことですね。
今のお母さんたちは、自分が返す以上のものを人からもらうことが苦手なんですね。例えば、子どもを預かってもらったら、菓子折りを絶対に持っていかなければいけないとか、今度は自分が預かるとか。相手から得るものの方が大きいと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。すごく謙虚なお母さん方が多くて…。だから500円という価格設定はぎりぎり何も手伝わなくてもいられるというか、気楽に子どもをお願いしますと送り出せる価格設定なのかなとは思います。食べ物にはこだわっているので、自分の中では絶対安価だと自信があるのですけれど、こども食堂全体でみると一番高いほうなので…。
――無料に近いところもありますよね。
そうなんですよ。でも私は、できれば子どもたちに、“ごはんをタダで食べられる”と思ってほしくないんですよね。だってお母さんもお父さんもすごく頑張って子供達に食べさせているわけだから。最初のころは“500円っていうのはどう”みたいな揶揄もあったにはあったのですが、私には、無料にしないことに対するこだわりや覚悟がありました。また、来てくれている人が私の気持ちを理解してくれているから、それはとてもありがたいことだと思っています。
――開設から1年が経過しましたが、振り返ってみていかがですか。
6月28日の回で、参加者の延人数が1029人を記録。1年4ヶ月、月2回の開催で1000人を超えたという人数やペースもさることながら、ここで生まれたコミュニケーションの輪が、『恵比寿じもと食堂』という枠を超えて、どんどん広がっていった感覚があって、そこが一番感慨深く嬉しい部分でもあります。
――末岡さんの中に、“自分はきっかけに過ぎない”という謙虚な意識があるから、『恵比寿じもと食堂』を中心にしながらも、その枠を超えたコミュニティが生まれることに喜びを見出されるという感じなのでしょうね。
そうなのですかね。でも、私、本当に、自分がいなければできないとか、すごいことをやっているわけではないので…(笑)。
――やはり、きっかけになる人の存在は重要ですよ。最初は地域のお母さんたちと、子育ての悩みなどを共有したいというシンプルな思いから始まり、そして広がっていった『恵比寿じもと食堂』の活動ですが、この先はどうなっていくのでしょう。イメージしているものはありますか。
最初は、本当にワンオペ育児に悩んでいるお母さんの手助けができたりとか、ここを中心にお互いの分かち合えるようなネットワークができればといった大きな夢をもって始めたのですが、やればやるほど、目の前の子どもたちに目が向いてしまうのですよね。「次、あの子来るかな?」とか「ちゃんと学校に行けたかな?」とか。だから今は、これから『恵比寿じもと食堂』がどうなっていくか?ということよりも、子どもたちがどういう大人になっていくのか?といった方が気になっているのですね。確かに、みんなが応援してくれているので、できればその両方ができるように、自分のキャパを広げていかないと…というところです。
――ご自身もお子さんがいらっしゃるわけですよね。母親が自分の子どもに愛情を向けることができるのは、ある意味、当たり前のことですが、それを広く、他の子にも向けることができるのって…ものすごく愛情深いですよね。
子どもがすごいのですよ。可愛いとか、面白いと思わずにいられないというか…目が離せないですよ、ほんとに。先日、和菓子で鯉のぼりなどを作るワークショップを実施したのですが、すごく丁寧に作る子や、ものすごく適当にやるけれども何個も作る子もいたり、あるいは初めて参加したので人見知りして、最後まで作らなかった子がいたりと、ありきたりのことなのですが、ひとつの物を作るにしても全員、やり方が違うし、しかも当然、次回は全員が、またその日とは全く違ったやり方で楽しむようになる。そういった光景を見たり感じたりしていることが、とても尊いことのように思えて仕方がないのです。
――先日、『恵比寿じもと食堂』の開催日におじゃまさせていただいて驚いたのですが、参加者がみんな元気。小学生のお子さんも、すごく無邪気に子どもらしく振舞っていて…。最近ではあまりそういう光景は目にしなくなりましたが、ここはそういった素直な子どもたちが育まれる環境なのではないでしょうか。
そうかもしれません。ごはんを作ってくれるおばちゃんたちも、叱るけれどもちゃんと子どもたちを見ているから、彼らにしてみれば、“みんなに見守られている感覚”があるのかもしれませんね。だから伸び伸びと、子どもらしく過ごすことができる。家では野菜を食べない子がここでは食べたり、家では宿題をやらない子も学習支援の人が作ってきてくれた百マス計算は何枚もリクエストしたりするとか、それぞれの家庭にいるときとはまったく違う状態にある子どもの姿を、お母さんたちが目の当たりにするんですよね。あとは他のお子さんとの違いを見て、「このお母さんはここまでしても怒らないんだ。じゃあ、自分もいいか」と、お母さん自身も肩の力が抜ける。子どもはお母さんの変化に敏感に反応したりするのですよね。だから、それぞれがみんな自然にふるまうことができるようになるのでしょうね。
――なるほど。昭和の頃の大家族や近所の子どもたちが集まるにぎやかな家庭に近いような環境なんですね。
そうですね。キッチンに入ろうとするとおばちゃんたちがすごく怒るけれども、逆にお手伝いをしたらすごく褒めてもらえるとかね。おばちゃんたちに褒めてもらえると、子どもはもちろん嬉しいですし、お母さんだってどこか誇らしく思えるようになりますよね。そんな風に、みんな、誰もが自信を持てるような場であってほしいと、そう思うのです。
Photo by Niko Lanzuisi