市民レベルによるシェアリングサービスの普及も順調に進んでいたかのように見えた台湾。ところが今年の2月、Uber台湾が中央政府から営業停止の命令を受け、その衝撃的なニュースは世界をかけめぐりました。あれから半年が経過した現在。台湾のシェアリングエコノミー事情はいったい、どのような状況にあるのでしょうか。台湾のメディアにも登場して話題となっているシェアガール・石山アンジュさんに現地の様子をお聞かせいただきました。
――どのような目的で台湾を訪問されたのですか。
7月末の3日間、Uber台湾の公共政策担当の方にご招待をいただき、台湾に行ってきました。目的はいくつかあって、主に台湾で展開する複数のシェアサービス事業者への訪問と台湾の若手政治家への訪問、そして台湾中央政府に対して、日本のシェアリングエコノミーの状況をお伝えするというものでした。台湾の方々から見ると、日本はシェアリングエコノミー分野において先進的な取り組みをしていると認知いただいており、台湾国内に普及させるにあたってのロールモデルになるのではないかと考えていらっしゃったのですね。
――石山さん個人としては、訪問にあたって何か知っておきたい、見ておきたいという興味対象はありましたか。
2013年頃からUberやAirbnbがかなり普及をしていて、多少“グレーゾーン”ではあるものの、利用者が増えていると聞いていたのですが、今年の2月にUberが中央政府から営業停止の命令を受け、罰金を科せられてしまったのですね。このニュースは世界中に衝撃を与えたのですが、あれからしばらく経った今、どのような状況になっているか知りたいと思っていました。
――そんな過激な措置が行われたのはどうしてなのでしょうか。
昨年あたりからタクシー業界の反発が強まったようで、いわゆる日本の国交省のような立場にある台湾の交通局が、徐々にではありますが法改正というかたちで白タクに対する取り締まりを強化していて、それが最終的にUberの営業停止にまで波及したのだと考えられます。結局、4月から営業再開となったのですが、基本的には日本と同じように、“白タク”と呼ばれる行為は禁止。認可を受けたレンタカー事業者と連携するというかたちでの運営を余儀なくされています。
――実際に行ってみて、何か発見はありましたか。
現地でよく目にしたのは、「YouBike」という政府運営のシェアリング自転車。これはかなり普及していて、東京都内で見かけるシェア自転車の3倍くらいはあるのでは?といった勢いでした。ステーションについても、主要なエリアにおいてはそれこそ2ブロックごとに設置されているような状態。老若男女、幅広い世代の方が利用していましたね。民泊もUberも2013年から普及していましたし、この自転車の例からしても、傍から見れば、シェアリングエコノミーの普及は市民の間で、かなり進んでいるような印象を受けました。
――日本よりも普及しているイメージ?
うーん。なかなか難しいところではありますが、おそらく台湾って日本と同じ島国ではあるのですが、かなりグローバル化が進んでいる…。そういった印象があるのですよね。若者を中心に中国語も英語も日本語もけっこうペラペラしゃべることができる方が多い。そういった意味では、得ることができる情報の量が日本よりも圧倒的に多いような気がします。そのため、様々な新しいシェアリングエコノミーや新しいテクノロジーを生活の中にスムーズに受け入れることができる、そんな土壌があるのかもしれません。
でも、Uberの営業停止という事件はかなりインパクトがありましたよね。これまでグレーゾーンで広がっていったものが急に明確に禁止された、しかもかなり強力な罰則を科せられて。そこから一気にUberの利用も減りましたし、詳細な話は聞いていませんが、どうやら民泊業界にも波及しているらしく、かなりネガティブな空気が流れているといった状況です。
台湾中央政府 National Development Councilの方々と
――政府と民間の温度差を是正することは難しいですね。
まさにそうだと思います。そこで今、頑張っているがUber台湾で、日本と同じようにシェアリングエコノミー協会のようなアソシエーションを作って、ロビー活動を進めていく体制をつくりはじめました。私が呼ばれたのも、Uber台湾の方々と一緒にシンガポールや日本の取り組みを台湾政府に提案していこうという動きの中でのことです。
――日本ではシェアリングエコノミー協会が推進し、台湾ではサービサーであるUberが中心になっているのですね。
そうですね。Uberさんが発起人となって、他のシェアリングサービス企業と手を携えながら少しずつ進めているといったところです。
――具体的にはどのようなことをお伝えしてきたのですか?
今回は中央政府の方々に、日本の取り組みをお伝えしたのですが、中でもシェアリングエコノミー認証制度についてかなり興味関心を持っていらっしゃいました。結局、台湾でUberが禁止された理由は日本同様、“危ない”ということでした。だから認証制度を普及させることで、その不安を解消しようと考えているのですね。要するに、台湾でも政府全体が反対しているのではなく、交通局がタクシー業界との関係性の中で、そのような否定的な見方を示さざるを得ない。そこも日本と共通している点ですよね。台湾の中央政府は、自国にあまり資源がないということを自覚していて、デジタルエコノミーやスマートシティを2025年までに導入しようと政策を大きくシフトさせる計画で押し進めています。その計画の中にECやシェアリングエコノミーも同時に推進していきたいと考えているのです。社会、あるいは産業界に対して全体的な合意を得ていくためには、“危ない”という感覚を払拭していかなくてはならない。そのためには日本のシェアリングエコノミー認証マークの制度が非常に有効なのでは?とお伝えしました。
――台湾と日本の両国には、共通した社会課題があるということですか?
そうですね。ASEANの地域、たとえばインドネシアやマレーシアといった国々は基本的には人口が増加していますよね。ところが台湾は日本と同じく人口減少に転じている国なんですね。しかも高齢化社会になるスピードが世界的に一番速い国といわれています。そういう意味では人口減少、超高齢化、地方の過疎地域など、日本と共通する課題がある。この社会問題に対して、シェアリングエコノミーが、どのような貢献ができるか?個人主体の経済になっていくというのはどういうことなのか? 過疎地域でUberなどライドシェアが普及することで、どのようにしてサステナブルな共助社会を作ることができるのか?また、環境問題というところでいうとシェアバイクが増えることで、いかにしてCO2を削減できるのか?既存の特定業界との利害にフォーカスするのではなく、国全体の大きなソーシャルアジェンダに対して、シェアエコを紐づけて考えていくのが、大きな合意を得るために非常に重要なポイントなのではないか?ということを台湾の政府に対してはお話させていただきました。
――まだまだシェアリングエコノミーが普及していない国に対しても、日本の協会が果たしていく役割は広がっていきそうですね。
そうですね。そこは非常に大きなポイントだと思っています。前回、認証制度のインタビューで石原さんが話していましたが、日本は世界的に見るとシェリングエコノミー産業の後進国で、アメリカやヨーロッパから5年ほど遅れているといわれていますよね。その一方で、遅れているがゆえに、国と共同してガイドラインを作っていったり、認証マークを作っていくという取り組みもできる。ルールや環境づくりを官民が連携して市場環境をよくしていくというモデルは日本ならではだと思うのです。そこはかなり海外も注目しているところだと思います。認証制度も今、国際標準化に向けて準備を進めているところなので、非常に期待が持てるところかとは思います。
――欧米では市民誘導でシェアリングエコノミーが進められている印象はありますが、アジア式といいますか、台湾や日本では政府と協力しながらきちんと進めていく、そういう考えなのですか?
国によって違うので、アジアと欧米という構図で整理できるかどうかはなんともいえないですが、ただ唯一言えるのは、台湾の国民はいわゆる“親日派”で、今回お会いした若者やビジネスパーソンの中にも、一年に2~3回は日本に来ているという人がいました。そういう意味では、本当に日本をベンチマークというかロールモデルとして見てくださっているし、人と人との距離感みたいなものの近いような気がするのですね。対話の仕方、話のもっていきかたというところでも、アメリカ人だったらロジカルに利害関係を整理して、いかに合理的に話を持っていくかというロビースタイルだと思うのですが、台湾では、人と人との関係性の中で大きな合意をとっていくかを考えていく。そんな点においても、日本と似ているなとは思いました。
――現地でもシェアガールは有名だったらしいですね。
そうなんですよ(笑)。台湾の二大経済誌の取材を受けまして、“シェアガール知っています”と言われて、とてもびっくりしました。日本語を読める方もすごく多いので、名前も漢字で検索できるから、けっこう日本のメディアの情報もチェックしているみたいですね。
――ご自身が自覚するシェアガールの役割ってどのようなものですか?
“ビジネスとしてのシェアエコ”というよりは、“消費者にとってシェアエコ”というものが、どのように作用して生活利便性を向上させるのか?であったり、どのような生活が叶えば幸福度が向上するのか? あるいは、どのようなつながりや交流を享受できるのか?という点にフォーカスして、発信していくという役割を自覚しています。その視点で今回台湾を訪問して感じたことは、まったく言語以外に壁を感じないというか、グローバルトレンド的に同じように物事を考えはじめているのだなということです。
9Floorへの視察の様子
数々のスタートアップを訪問しましたが、例えば日本でも見られるサービスですが、農協を通さないで直接農家から買う仕組みとか、フードロスに対する意識も共通しています。コンシュマーの意識も、“例え高価なものであっても国産のものを買う”というのも、もう当たり前なことになっています。台湾のシェアハウス、Co-living事業を展開されている事業者「9Floor」にも視察にいってきたのですが、“箱としてのシェアハウス”ではなく、“co-living”“co-family”という概念の元で運営されている。本当に世の中の捉え方であったり、ライフスタイルであったり、価値観が良い意味で同質化しているなと感じました。そうなるともう、国籍の違いも感じなくなる。
――どうして離れた場所で価値観の同質化が起こっているのでしょう?
インターネットやモバイルによって情報の流通がシームレスに可能となったからでしょうね。びっくりしたのが、台湾では名刺交換したら、すぐにその場で私のフェイスブックページを検索するんですよ。“アンジュってこんなことやっているんだね”って。それは仕事の話だけでなく、“プライベートでBBQやっているね”とか(笑)。ビジネス上のコミュニケーションであっても、相手が、人としてどうなのか? どういうことに興味があって、どういったライフスタイルで、どういう趣味、どういう思想を持っているか、様々な側面から複合的に人を見るのですね。そういうことができる社会になっているのですよ。すごくフラットですよね。肩書や所属している組織では人を見ていない。そういう意味では国や人種なども意識せず、人と人とがダイレクトにつながってコミュニケーションが生まれているから、多様化の時代の中にあってもそういった同質性が遠隔地であっても生まれるし、まったく違和感のない“同じ感覚”でコミュニケーションができるのです。壁を感じない、国の差を感じないことが、市民レベルでは広がっているのですよね。もちろん、必ずしもそれが国の政策と一致しているとは限りませんが…。
――でも、おっしゃるとおり、市民レベルで共感が生まれ、広がっていくのが望ましいですよね。
そうなんです。シェアリングエコノミーをどう普及させていくかという議論の中でも、政策や国のルールを変えていくことが非常に重要である一方で、消費者からみた世論形成といいますか、単純に“これっていいよね”とか“民泊ってなんかいいよね”“ライドシェアはいいよね”みたいに、生活目線で“いいよね”という共感の輪が広がっていくことが重要だと感じています。今回、視察をさせていただいた台湾では、その共感の輪が、国レベルだけでなく、グローバルなレベルで共通な、社会的利益みたいなものとして広げていくことができる可能性というものを感じました。
市民レベルで、“これがいいよね”という意識が根付いて、続いていけば、例え政権が変わったとしてもサステナブルになり得るということがわかりましたし、国の枠組みを超えて、国際会議という舞台でも、グローバルな共通認識として“シェアエコっていいよね”という前提のもと、どうしたら環境整備できるのか、どうしたらもっと多くの方がシェア経済の恩恵を享受できるようになるのかということを話し合うような、そんなフェーズにきているのではないかと思っています。世の中に必要とされているものは、そこまで変わらない。人々のスタンダードになれば、そう簡単に変わることはないのです。
――おっしゃるとおりですね。ところで、今回の視察中、台湾ならではのシェアリングサービスみたいなものは見つかりましたか。
台湾ならではのシェアサービスとして実際に体験したのはミールシェアサービスの「Dear Chef」というサービスです。完全な素人によるミールシェアではなく、“ちょっとプロ”とか、元々、レストランで働いていたけれどもセミプライベートな空間を借りて、“おうちレストラン”みたいなサービスをやるとか、様々なパターンがありましたね。
金額もフルコースで4000円くらい。古いビルの一室で暗いドアを開いたら、かわいいおしゃれな手作りのレストランみたいな空間が広がっていて、心温まるサービスが提供される、そんなスタイルのミールシェアが登場していて、非常におもしろかったですね。台湾といえば言わずとしれた美食の国ですから、このミールシェアの領域にはかなり大きな可能性を感じました。
――おもしろいですね。シェアという仕組みが浸透してくると、市民レベルで様々なアイデアが生まれてくるのですね。
個人と個人がやりとりできることは、本当にまだまだたくさんあると思うのです。情報の流通量が増えれば増えるほど、それこそ“何でもできる世の中”になることだってあり得ます。台湾の夜市って有名ですが、あれってインターネットで登録すれば、誰でも1日400円くらいで出店できるようです。そういった文化が元々ある国なので、ミールシェアも普及するんですよね。私、実は台湾で食あたりを起こしちゃって…病院のお世話になったのですが、夜市を利用するとそういったリスクはありますよね。でも、消費者も、例えお腹を壊してしまったとしても、仕方がないよね、それって自分のせいだと思えてしまう。消費者も一定の責任を持っているのですよ。お腹にあたっちゃったとしても、料理を作った人を責めるのではなく、自分も一定のリスクあるよねと納得する。それこそが市民同士で形成する経済社会の基本だと思うのですよね。これってシェアリングエコノミーサービスを取り巻く環境と構図的に同じなのです。とにかく、色々なことが見えるようになった視察となりました。
Photo by Niko Lanzuisi