前回記事では、一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局長の佐別当隆志氏に、中国のシェアリングエコノミーを取り巻く現況についてお話を伺いました。今回は、さらに具体的に、印象に残ったサービスをいくつかピックアップして解説。さらに今回の視察の総評をお聞かせいただきました。
――今回の視察で印象に残ったシェアサービスについてご紹介ください。
「アイリーライリー(阿姨来了)」という家政婦のシェアサービスは面白かったですね。登録するホストは14万人、利用者は20万人にものぼります。元々、中国には家政婦の文化があって、一年間住み込みで働いてくれる家政婦をシェアサービスで提供するというビジネスモデルになっています。
これまでの課題として、家政婦は地方出身の比較的、あまり裕福でない女性が多く、サービスの品質が整っていなかったという問題がありました。大手の斡旋会社は存在せず、個人委託や中小の手配会社がとりまとめていたので、正直、当たり外れがあったりしました。
その一方で、受け入れ側がどのように家政婦を扱ったのかというのもブラックボックス状態になっており、働く側にも不安があったのは確かです。そういった課題を解決するために「アイリーライリー」では、CtoCの仕組みでレビューを入れて、クオリティの高い家政婦を確保しながら、彼女たちの人権も守るという状況を実現。しかも、独自の教育プログラムを作り、スクールを卒業しなければ登録ができないという条件を設けています。
これは、中国のシェアサービスの全般に見られる特徴のひとつで、自社サービスのクオリティを維持するプログラムをしっかり作り込んで担保しようとする傾向があります。政府としても家政婦の問題は大きかったので、企業との連携にも積極的に取り組んでいて、家政婦にとっても、所得をあげて権利も守ってくれるということで、非常にありがたい存在になっています。
これは、「アイリーライリー」に限ったことではないのですが、経営者の社会課題解決に対する意識がものすごく高くて驚きました。女性の活躍もそうだし、自転車シェアのOFOという企業の経営者は、交通渋滞という社会課題をどうやって解消しようか真剣に考えていて、電動機付き自転車を2019年までに100万台増やそうというKPIを掲げていました。
日本の経営者はそういった部分にまでコミットはしませんよね。中国の起業家は、はっきり宣言して、それを経営課題として掲げている、その姿勢に衝撃を受けました。日本は社会起業家とかNPOとか、どちらかというと社会寄りの人たちには当然、そういう意識がありますが、一般的な起業家、上場を目指しているような経営者は、どれだけストレートに社会課題を背負っているかというと、いささか疑問です。
真剣に社会課題を解決しようと考えたら、スローガンを掲げるだけでなく、自治体と組んだり、ちゃんと政府と連携したりを考えますが、なかなかそうでない企業も多いですよね。中国の企業は、その点、しっかりと担当者を政府に張り付けているんですよ。もちろん、政府が掲げている課題の解決を経営課題としておいているから、必然的にそういった動きになるのだとは思いますが。
――政府と企業が一体になって社会課題解決を図ろうとしている?
そうですね。もちろん、理想の社会を作る過程において、様々な問題は生じます。例えば、今、中国ではシェアサイクルもたくさん登場していて、自転車の大量廃棄が問題となっていると、日本では報道されていますが、あれはけっして、失敗とか異常な状態ではなく、まずはやらせてみた結果なのです。
やらせてみたけれど、台数が多すぎるとか、規制が必要だよねという段階になったととらえるのが正しくて、言うなれば、シェアサイクル市場を作るために必要な過程といえます。こうして社会実験を繰り返しながら、インフラや市場ができあがっていくのです。
このシェアサイクル企業「OFO(小黄車)」は、北京大学の学生たちが起業した会社です。中国はご存じのように自転車文化であり、広い大学の構内を自転車で移動するのが常ですが、よく盗難にあっていたようなのですね。その創業者は3台も盗まれて、でも、そこいらじゅうに自転車はあるわけですから、それをシェアすればいいのでは?という発想から生まれたようです。
最初は数台から始まり、仲間と利用者が集まって、ITを導入して急拡大。わずか3~4年で、本社に1000人のスタッフを配備し世界中で1600万台の自転車を保有し、一日の利用台数が3200万台、中国以外ではシンガポール、イギリス、アメリカ、日本など世界250都市にまで拡大するに至っています。
しかも彼らは、どんどん進化しており、半年に一回は自転車を入れ替え、パンクしないタイヤを導入したり、変速ギアや電動機付きとか、どんどん開発して導入しています。古くなった自転車は廃棄するのではなく、政府と連携してアフリカ諸国に送り込んで再利用してもらうなど、そこまでしっかり考えながら事業を拡大しています。
――ミールシェアも体験されたのですよね。
はい。「ホームクック(回家吃饭)」というサービスをランチで利用したのですが、ものすごくよかったですよ。いわゆる億ションに住んでいる普通の中年女性がホストとしてミールシェアサービスを利用していて、「これが私の生き甲斐だ」と何度も何度も言っていましたね。
自分が作った料理を誰かが喜んで食べてくれて、しかもお金を払ってくれる。これほどの喜びはないと言うのです。このミールシェアはユーザーが300万人で年間480万食も食べられているのですが、彼らはまだまだ小さな市場だと自覚しており、これからもっと拡大していくことが予想されます。
――先ほど、ちらりと話が出ました、民泊の企業についても教えてください。
「tujia(途家)」ですね。とにかく、オフィスがおしゃれでAirbnb的でした。創業は2011年ですから、わずか7年の間に社員数4千人の企業へと急成長しました。現在は、ユーザー9千万、アプリ1.8億ダウンロード、世界で110万件の登録物件があって、中国だけで80万以上といいますから、数字のスケールが違います。
彼らのマーケティングは独自アプリだけでなく、「Cトリップ」という宿泊メディアと提携し、8つのプラットフォームを入れているんですね。流入口をかなり広く用意しているし、彼ら自身が物件を所有し、地方でエリア開発もしているのです。
日本でも展開していて、例の民泊新法にもきちんと対応していました。Airbnb同様、違法物件は全削除。中国のプラットフォーマーのほうが日本の中途半端なところよりよっぽどしっかり対応している…というのが印象的でした。
――お聞きしていると、良いことづくしのようですが、課題はありませんでしたか?
あるとすれば、例えば、カーシェアリングの世界ではDidi(滴滴出行)がUber中国を買収したために、完全一強という立場になってしまったということくらいでしょうか。中国政府としては、サービスの独占は好ましくないと言うスタンスですし、競争力が生まれないので、利用者の間では値上げに対する懸念が広がりつつあります。
まあ、とにかく今は、シェアリングエコノミーがもたらした恩恵のほうが圧倒的に大きいですから、小さな課題は気にならないというか。先ほど、人のホスピタリティのレベルが圧倒的にあがったという話をしたかと思いますが、日本人の方が下手をすればビジネスライクですし、感情もこもっていない。下手すれば、中国人の方が優しくなっていましたよ。これもCtoCが浸透して人と人とのつながりに対する意識が強まったことによる影響ですかね。特に若い世代の国民の意識が大きく変わりましたね。
さらに従業員を大切にしている企業が増えましたね。そこは大きく昔の中国とは違っているような気がします。どこに行っても社員の皆さんが、本当に楽しそうに仕事をしている。社内はめちゃめちゃおしゃれだし、仮眠ルームやジムもあるし、ドリンクが飲み放題だし、“あこがれの企業”に勤めているという満足感が仕事のやりがいにつながっているように見えました。
――最後に、今回の視察で佐別当さんご自身が“得たもの”についてお聞かせください。
そうですね。そのまま、日本には当てはめることができないですからね…。法律の作り方も思想も環境もそもそも違う。そういった意味では、そのまま学べるモノはなかったのですが、ひとつ日本の法律の仕組みが、やはりイノベーションが生まれづらい、チャレンジしづらいものだというのははっきりわかりましたし、これまでと同じやり方で進めても、それは正しいやり方ではないということはわかりました。
もちろん法律を違反するわけではありませんが、日本の法律の作り方をもう少し変えるようなロビーイングをするのも手かもしれないですし、法律で規制されているところは日本ならではのやり方での解禁の仕方があるのかなと、そこを徹底的に模索していかなければと改めて思いました。
そしてもうひとつ、やはりシェアサービスが安心・安全だというのがすでに浸透している最先端の国があるということは自信になったし、あの国でトラブルがほとんど起きていないというのは、シェアサービスがいかに安全かということの証明になると思っています。その点を僕らがもっともっとしっかり伝えるべきだと思いましたね。
やはり、実際に行って、見てみなければわからないことはたくさんありますね。とても実りの多い視察となりました。