これまで誰も参入することのできなかった医療のシェアリングサービス。この前人未踏の分野において果敢にチャレンジして話題になっているのが、「なでしこナース」という看護師求人のマッチングサービスです。運営会社であるフォー・ユー・ライフケア株式会社のCOO・伊藤久美さんに、サービス概要やコンセプト、将来のビジョンについてお聞きしました。

フォー・ユー・ライフケア株式会社 COO・伊藤久美さん

――「なでしこナース」というサービスがはじまった経緯からお聞かせください。
昨年スタートしたフォー・ユー・ライフケア株式会社には、2人の共同創業者がいます。ひとりは、セールスフォースの日本法人を立ちあげた宇陀さんで、もうひとりは在宅分野で活躍されている現役医師、武藤さんです。この二人が、“ヘルスケアをITで変革しよう”と立ち上げた会社なのです。最初に注目したのが“看護師が足りない”という現状。この課題を解決するために患者と看護師をマッチングする「なでしこナース」というサービスをスタートすることに。ただ会社は立ち上げたものの、二人とも大変忙しくなかなか具体的にシステム開発を進めることができませんでした。そんなタイミングで声がかかり、私も参加することになりました。当時は、外資系の医療機器メーカーのCMOをやっていたのですが、お二人にの話を伺った時に、“この方たちは、本気で日本の医療を変えようとしている”と感じ、一緒にやってみるのもいいかなと、すぐに決断しましたね。

――即決だったのですね。伊藤さんは、そのお二方のどのようなお話に共感したのですか。
実は私の身の回りには看護師が多くて、妹も現役の看護師です。ですから、どれだけ大変な仕事であるかは昔からよく聞いていて、漠然とどうにか解決できないものかと考えていたように思います。IT業界も医療業界も、口をそろえて「医療をITで変えたい」といいながら、結局のところあまり実現できていません。 “こうであるべき”という従来の考えに縛られている病院が多いのが現実です。ところが、武藤さんは、とても柔軟性が高く、本当に軽やかにITを使いこなしていました。そして、“働いている人が現場で幸せでなければすばらしい医療は提供できない”と言います。結局、正しい医療を実現するには医療従事者自身が幸せでなければいけないという話に大きく共感しました。そして、子育てや介護で時間や空間に制約のある人が働きたくても働けない環境をITの力、特にシェアリングによって解決しようと考えたのです。しかも現状を理解している医療従事者と一緒に、現状に即したシステムを作りあげようと。

――看護師求人の現場では、どのような課題が生じているのですか。
現在、約150万人の看護師が現場で働いていますが、毎年約15万人が辞めていきます。そして、ある調査によれば働いている看護師の4人のうち3人が、“できれば辞めたい”と思っているそうです。しかも、高齢化社会が進行し、これから在宅医療が拡大していくと、ますます看護師は足りなくなり、需給ギャップが広がることが予想されます。2025年には最大15万人以上の看護師が不足するといわれているのです。その一方で、資格を持ってはいるけれど、結婚や出産、夫の仕事の都合などでいったん辞めて、現在は働いていない“潜在看護師”が約70万人います。でも、そう簡単に職場復帰はしたくないしできないのです。勤務時間は長いし、本来の看護業務ではないことまでやらなければならないことも多い現場なので。
そこで私たちは、“多様な働き方”を提供することで活路を見出せるのではないかと考えました。これまでのように、“常勤前提”、“シフト有”に限定せず、もっと業務を要素分解して、例えば5人/月のところを8人で回すような仕組みをつくっていくことで、一人ひとりの負荷を減らすような仕組みを作ればよいのではないか、と。同時に、業務内容を明確にすれば、Uber型のマッチングが可能になるだろうと考えたのです。しかも20代~40代の働いていない看護師には主婦が多いので、そういった方たちがあまり使わないであろうパソコンではなくスマホに特化した画面設計にしました。また、サービスの質を向上させるために双方のレビューを登録できるようにしたことも大きな特徴です。

――看護師の仕事に意義は感じているけれども、拘束時間や仕事の厳しさがバリアになって、なかなか職場復帰できない人がいるということなのですね。
そうですね、色々なパターンがあると捉えています。現在、私たちは3つのペルソナ(=モデル)を設定しています。一つ目は看護師の仕事に疲れて辞めて、家庭に入り、お子さんもいらっしゃる方。子育ても落ち着いた時点で、はっと気づいたら、周囲のみんなはパートに出ている。“あれ?私、社会から取り残されている”と不安を抱くケースですね。それなりの思いをもって看護師として働いていたのに…。そろそろ復帰したいけれども、長時間労働はちょっと躊躇してしまう…。ところが“週2回でいい”、“近所でいい”、しかも“限定された範囲の業務です”ということであれば、復帰の第一歩としてはスムーズに戻れるのではないかと思っています。70万人のうちの1%でも医療の現場に戻ってきたのならば、常勤の人たちは助かるのではないでしょうか。
二つ目のペルソナは、もう少し“金銭感覚目線”の方ですね。結婚して、これから専業主婦としての生活を始めようと思ったけれども、夫の稼ぎは微妙、なかなか出世もしなそうだと(笑)。仕事と収入が見合わないと思って看護師を辞めたものの、近くのパートの募集を見てみたら、かなり時給が安いことに気づき、やっぱり看護師かしらという人。三つ目のペルソナは、今、現役だけれども機会があったら辞めたいと考えている看護師。そういう方には、働き方を変えてみてはどうかと提案したい。例えば正社員ではなくパートに変えてみる。そうしたら、お子さんがいても続けられますよね、家庭と両立できますよねと、ヒントを差し上げたいと思っています。

――求人を行う病院・施設サイドの理解度はいかがですか。
比較的大手の医療法人を中心にご理解をいただいています。また、看護師向けのオープンなプラットフォームが他の医療人材、例えば薬剤師や医師の分野においても応用が可能ではないかというお話もいただいています。まずは求人をいただく側の病院や看護施設にPRするために、ブランド力のある医療法人に個別にご紹介し、サービスの利用を開始していただいている段階です。

――システムをつくるだけでなく、どう展開するかが大事ですね。理解して利用してもらう、この段階が難しい…。
当社の調査では、出稿されている求人情報のほぼ半分は、老人ホームやデイサービス、リハビリといった介護施設系で、残りを病院とクリニックが二等分している状況です。それぞれに課題は少しずつ違うのですが、介護の分野は圧倒的に人が足りません。ここは猫の手も借りたいような状態。ですからすきま時間であっても構わないからとにかく来てくださいという強いニーズがあります。しかも仕事の内容はそれほど高度ではありません。入浴介助の場面で、入浴する時間は決まっていますから短時間勤務でも問題はありません。クリニックも同様で、ここも人が足りない。検査のサポートや、多少の介助が中心業務となるので、必要なスキルは限定されます。ですから、ここも短時間勤務の看護師のニーズがあります。病院においては、配置基準が守れないと、経営に大きな影響を及ぼす。だから看護師の確保は必須になります。
さらに都市部においてはマッチングできないというスキルギャップがあるのですが、地方ではそもそものパイが小さいことが課題です。今回、私どもとしては、まずは一都三県からサービスを展開して、徐々に広げていくつもりです。これまでにない、まったく新しいアプローチで、浸透するまでに時間はかかるかもしれませんが、すでに求人情報を多数登録してくださる病院や施設がたくさんいるのはありがたいことです。

――どうして今まで、このような人材不足の問題に対して、どの企業も切り込んでくることができなかったのでしょうか。
病院や介護施設は一般的にITに弱いという傾向があります。いまだにFAXの世界なので、システムを駆使してマッチングをかけるなどというアイデアは実現不可能だと考えます。しかも一般企業が取り組んでいるような“働き方改革”や“ダイバーシティ”などの考えが病院になかなか入ってこないという状況でした。看護師の募集に関しては、今でも人材紹介会社が丸請けしているケースも多いですでも、丸投げではうまく伝わらない。「なでしこナース」のように医療従事者が直接関わることにも一定の意義があると思っています。また、常勤であれば面接など時間をかけられても、すきま時間の人材の場合はそこまで時間をかけられないという病院や施設側の事情も当然あるので、ここをITの力でサポートできればと思っています。

――現在、「なでしこナース」は、どのような状況にあるのですか。
病院や施設にお声掛けさせていただくと皆さん、かなり前向きに検討していただけるので、当初どこからも求人情報を登録いただけないのでは、という不安は少しクリアできています。ただ、すきま時間を埋めるような求人をどこまで出してくださるのかがこれからのチャレンジになると思っています。さらに重要なのは看護師の登録数です。結局、寝ている看護師が起きなければどうにもなりません。どうやって起こすのか? 登録者数をどう増やしていくのか?が課題ですね。そのために、“なでしコラム”と称するコンテンツを週に2回更新し、復職されている方へのインタビュー記事や現役看護婦のエッセーなどコンテンツの充実を図りながら、ここにくれば、毎回なにか新しい情報が手に入るという状況を作っています。またFacebook広告もスタートしていますが、反響は高いです。

――やはり、サイトそのものを立ち上げるだけでなく、実際に運用を開始し、軌道に乗せるまでが難しいですよね。
そうですね。そこは自分たちも、もがきながら進めていくしかありません。例えば、スキルを細かくチェックできる機能を搭載するなど工夫を重ねながら、利便性や使い勝手を良くしていくことを繰り返していきます。
このスキルチェック機能は有効で、求人する側の医療機関でも活用されています。たとえば、“健康診断を2日間実施するので、看護師が必要”というケースで必要なスキルによってマッチングをかけることができます。さらに次の段階としてAIがどこまで使えるのか?などを模索中です。

――今後の目標は?
嬉しかったのは、あるお客様から「僕たちは看護師獲得において今回の“なでしこ”さんが第三の柱になる可能性がある、と思いました。だからご一緒します」といわれたこと。第一の柱というのはハローワーク、第二の柱は人材紹介会社。ある程度、経費に余裕がある病院や施設であれば、人材紹介会社を最大限活用できるかもしれませんが、看護師の求人に困っているのは規模の大きな法人ばかりではありません。「なでしこナース」は利用料金が高くない分、人材紹介会社と違ってある程度利用者ご自身に対応いただく部分もあります。代行することはできますが、セルフサービスを採用いただければその分の手数料は下げることができます。一度ご登録をいただければ、ずっとお使いいただけますし、相互レビューなどの新しい機能についてもご評価いただいています。
お客様にはうまく使い分けていただければいいのかなと思っています。常勤の看護師採用は人材紹介会社を利用していただければよい。私たちのサービスを第一、第二の柱と組み合わせることも可能です。ですから、既存業態の抵抗勢力にはあまりならないのではないかと思っています。むしろ各方面から、“こんな組み方ができないか?”とお声がけいただきながらヒントをいただいていている状況です。やれることも可能性もたくさんあると感じています。
とにかく、看護師求人の第三の柱となって、人手不足に悩む医療機関、施設はもちろん、すきま時間を活用しながらプロフェッショナルに働きたい人を支えるプラットフォームになっていければ思っています。

――「なでしこナース」が発展することで、大きく医療の現場が変わることになりそうですね。
“潜在看護師”が70万人ではなくなると思います。といいますか、そこを減らしたいわけです。必ずしも常勤である必要はなく、何らかのカタチで看護師の方が自分の資格をきちんと現場で活用していただきたいです。例えば週一日でもいい、午後だけでもいい、遠隔でもいいという条件を提示していくことができたら、それこそが、まさに“働き方改革”ですよね。医療従事者がもっと柔軟に活躍できる社会を作っていきたいですね。

Photo by Niko Lanzuisi

この記事の登場人物