“ドチャベン”とは、“土着”と“ベンチャー”を組み合わせた造語。地域に根差して新しい事業、新しい価値を創出する起業家、ベンチャーを秋田県に呼び込む、あるいは県内の人材、企業を育成する流れを作っていこうとスタートした活動も、今年で3年目を迎えることになりました。すでに様々な起業家が県外から移住し、新たなチャレンジの連鎖の生態系が少しずつ生まれてきています。
2017年のテーマは“教育×シェア”。世界最速レベルの人口減少のスピード、そして全国トップレベルの教育環境という、二つの“TOP”を掛けあわせることで、これからの新しい社会の在り方を発信していこうという斬新かつ画期的な試みです。今回、この「ドチャベン2017」の始動に先駆け、二人の識者によるトークセッションを開催。秋田が掲げる「教育×シェア」は新しいスタンダードになりうるのか?徹底討論をしていただきました。
レオス・キャピタルワークス株式会社代表取締役社長 藤野 英人氏
――教育×シェアリングエコノミーと聞いて、どのようなイメージを持たれましたか?
藤野: 私の専門は株式投資。「ひふみ投信」という投資信託を運用し、大企業ではなく日本の地方の中堅、中小企業への投資を実施しています。実は、株とシェアというのは関係が深い。株のことを英語でシェアといいますね。株式というのは株数分だけ会社の資本を割ったものですから、つまり株式会社そのものがシェアリングエコノミーなんですね。そして教育とシェアの関係という話ですが、そもそもシェアというのは、自分のアイデアや資産を分け与えるということですよね。と、いうことは教育そのものが“シェア的”といえます。要するに、自分たちのアイデアや資産を抱え込まずにどれだけオープンに伝えていけるのかという姿勢が重要になりますよね。クローズドな関係の中からはシェアリングエコノミーは生まれない。まずは、すべてを惜しみなく、オープンにシェアしていこうという送り手側の気持ちが大切ですね。
作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚氏
佐々木: まずは、教育の定義が何なのか?という話からはじめる必要があります。教育と聞いて我々がイメージするような義務教育や高等教育についてはシェアなどできませんよね。ところが、もう少し視野を広げると、世の中には色々な学びが山ほどある。例えば、都会の高校生が将来、漁師になりたいと思ったとする。そこには学びが必要になるので、誰かが漁師とマッチングをしてあげればいいですよね。農家でも職人でもそう。実学的なところをきちんと学ばせてあげるチャンスを広げてあげるということは、シェアによって可能になるのではないかと思うのですよね。そこで地方の価値が生まれてくる。地方には実務的に素晴らしい一次産業従事者や職人さんが山ほどいます。そういう方々と、それを学びたいと考えている人たちをどのように結びつけるかということが大事なのかなとは思いますね。
――まさに地方にいかなければ学べないことであったり、地方ならではのつながりがあるからこそ実現できることがあるということですね。そういった観点から、地方の教育資産をどのように評価されますか。
藤野: 地方には豊かな教育資産がたくさんあるのですが、残念なことに、そこに長く住んでいる人には、その価値を把握できないという傾向がありますよね。毎日目にしているからでしょうか。“地域の魅力なんか何もない”と謙遜する人も多い。逆に言えば、地域の魅力は他の地域から来た人にしかわからない。教育資産についても、実際に体験してもらって語ってもらうのが良いでしょうね。発信してもらうという意味でも、自分たちが再認識するという意味でも重要なことだと思います。秋田にもよく行くのですが、そこで“秋田の魅力は優しい人が多いこと”というと複雑な顔をされるんですよね。人が良過ぎて、抜け目なく仕事をする力が弱いといわれているような気になるのでしょうか。やはり謙遜してしまう。だから一度、地域の外に出てみて、改めて自分たちの地域の魅力を客観的に見てほしいとお伝えするのですね。その評価が真実なのかどうか?自分の目で確かめることが大切だと。
佐々木: 藤野さんがおっしゃったことはまったくその通りで、地域の方が“これが良い”と思っているものと、都市からI、Uターンする人が“これが良い”と思っているものにはずれが生じているのですね。例えば、岩手県の遠野は河童で町おこしをしていて、地元の人は“これしかないから”といいます。ところが河童に惹かれてIターンしてくる人は恐らく皆無でしょう。では、何に惹かれてくるのか?Iターンで成功しているモデルケースといわれる地域を見ても、正直いって、特徴など何もない。分析すると、結局、人なんですよ。ハブになるような、求心力のある人の存在ですね。ひとりの若者が縁もゆかりもない場所に移住して農業を始める。その若者が求心力を持っていれば、同じように農業を始めようと他の若者たちも移住を始める。どんどん移住者が増えて行って、それがやがてコミュニティを形成するに至るのです。ただ、ひとりポツンとIターンで行って細々と農業をしているという人ではなく、都市と地域のブリッジになるような人の存在が重要なのです。都市の人間とも仲良くできて、なおかつ地域の役場やコミュニティとも話ができてつないでくれる通訳者のような存在。そういう人をいかにつくっていくかが大事ですね。
――人と人とが交流しあって学びが生まれたりコミュニティが生まれたりするということですが、これだけITや情報化が進み、SNSなど、人が繋がる手段も増えたことで、新たな流れというものは生まれる可能性はないのでしょうか。
佐々木: 例えば東京からHUBになるような人材が地方に移住して、コミュニティの中に溶け混んでいきます。ところがあまりに地域のコミュニティに慣れすぎると東京とは疎遠になってしまいますよね。インターネットが発達した今は、地方のコミュニティにもしっかり関わりながら、一方で東京という都市との連携をずっと持ち続けることもできる。facebookによって人間関係のサステナビリティ化が可能になり、東京と地方を常にブリッジしながら、それを維持することができるようになったのです。人間関係の継続性を支援するサービスというのが、SNSの本質ではないかと思います。
藤野: 私の同業で、世界中に拠点を持つ運用会社が、ITを駆使してインターネット会議を実施する一方で、年に一回、例えばハワイなどに集まって、リアルな飲み会を開催するのですね。どんなにオンライン上で繋がっていても、親しみがわかないと真のコミュニケーションは生まれないというのです。ITを活用するために重要なことは、結局、仲良くすることなんですよね。そのためには、最初のタッチとして、リアルなコンタクトは大切。フェイス・トゥ・フェイスの繋がりという核がないと成立しません。もちろん、facebookの友達の中には実際に会ったことのない人も含まれています。ところが、その友達の友達にはよく顔を合わせている仲間がいて、その人がハブのような役割を果たしている。“この人の友達だから、この人は大丈夫だな”と。具体的な信頼関係を積み重ねながら、facebookを活用して、オンライン上の繋がりも増やしていく。ITとリアルなコミュニケーションを組み合わせていけばいいのではないかと思います。この二つのコミュニケーションの相乗効果によって、佐々木さんがおっしゃるように地域に根差しながら、都市部との間を繋ぐことが可能になっているのではないでしょうか。
――これだけインターネットが普及し、どんな情報でも簡単に得られるような時代になって、教育というものはどのように変わっていくとお考えですか。
佐々木: 少し、シェアの話と離れるのですが、教育というとどうしても算数の方程式を教えろとか、世界史の年号を覚えるとか、知識を教えるものと思い込みがちですが、実はそうではない。知識は本を読めば手に入りますが、実はこの本を読む行為自体がすごく重要な教育資産になりますよね。例えば、最近の20~30代は自己啓発本を読むといいますが、それだけでは教育にはならない。しっかりした人文書や歴史書、哲学書も読みましょうとなるけれども、これまで自己啓発本しか読まなかった人が、そういった難しい人文書を読めるかといったら、かなり難しいですよね。それを読むためには、どうしたら面白く読めるかというバックボーンが必要です。それを面白いと感じる思考のプロセスを学ぶ必要がある。そこをカバーするのが先生の役割になりますよね。先生の生々しいライブ感ある授業が必要です。結局、教育って知識を教えることではなく、知識の学び方を教えることなんです。それを外してしまっては、まったく意味がないものとなってしまいますよね。
藤野: Q&AのQを探す力というのですかね。日本の教育の99%がAを求めるかたちで進められていますが、そうなるとアンサーを見つけることができても、もっと上流にある、なぜシェアリングエコノミーはこれから必要になるのか?どうやったら成功するのか?なぜ?どうする?というところには辿りつくことができません。世の中がこれだけ変化して、世界中が繋がって、新たな価値観、新たなコミュニティが生まれ、なおかつ激しく動いている社会になってくると、定型的な答えを見つけるという思考プロセスでは、何も見つけることができないし、どこにもいけないような時代が到来しています。そこで問題となるのは教育者不足です。問いを見つけていくことを重要視する先生が極端に少ない。今回、新たに“人づくり革命大臣”という肩書が内閣に誕生しました。問いを作ることができる、未来を見据えることができるような人材の創出に期待したいところです。
――最後に、“教育×シェア”をキーワードとして、どのようなビジネスを創出していくか。教育で起業するとなると、学校ぐらいしか思い浮かばないのですが、このシェアリングエコノミーという領域の中で、どのような教育ビジネスが生まれる可能性があるのか。ヒントをいただければと思います。
佐々木: 教育資産をシェアするという概念はとても面白いと思います。結局、今の時代って、多様性の時代といわれながら、首都圏の大学を卒業して就職したら、実はそこがブラック企業で、このままでいいのか?と悩んでいる若者も多いと思うのですよね。だったら、地方にいって、もっと別な可能性のある仕事をしたって良いではないかと。選択肢なんて本当はたくさんあるのに、それを知る機会があまりにも少なすぎるのですよね。それが、現代社会における重要な課題になっている。そこで教育資産というものは何なのか?という問いに戻ると、様々な生き方が世の中にはありますよと、仕事もライフスタイルもそう、生活、土地もそう、多様な選択肢について学ぶ機会が得られる場所という観点をきちっともって、それがイコール、生計、収入を得られる場所にも直結していくというカタチなので、ある種の新しい、一生涯続く仕事の選択肢でもあるのですよね。一生涯続く仕事を選択するための学びという方向に少しずつ拡大していくことが大切で、それこそが実は多様性のシェアになるのではと、そう感じています。
藤野: “教育×シェア”の観点でも、一週間や一月単位の短い移住のスタイルがあってもいいのかなと思います。これからの起業家像を考えてみても、東京に長く住んでいた人は都市型ビジネスなら展開できるかもしれませんが、全国規模のビジネスを展開するのは難しいですよね。なぜなら地方の生活現場を知らないから。人や交通、時間の流れ方も理解しなければ、多くの人が求めるサービスを発想することができません。一方で、地方でずっと生活している人は都会の生活が理解できない。それぞれのリアリティを知るために交流を深めていくような教育が必要だと思っています。それぞれの場所の面白さ、そこから生まれるニーズを見つけるために、移動をしながらコミュニケーションを図っていくことが重要ですね。短い移住を重ねながら、そこで勉強をして理解を深め、地域に根差した一次産業でも伝統工芸でもいい、こういうことをやっていこうというのを知る機会を作ることは大切ですし、期待したいところです。
《 同日に行われた秋田県内市町村からのショートピッチの様子 》
同日に、秋田県内7自治体からのピッチもあり、秋田の学校への教育留学の可能性や、地域の無形民俗文化財、廃校舎・遊休不動産の活用まで、地方における多様な教育資産を感じることができました。
男鹿市(右上)、鹿角市(左下)、北秋田市(右下)
五城目町(左上)、能代市(右上)、美郷町(左下)、湯沢市(右下)
編集後記
――お二人の話を聞いて、本当に教育は自由だし、多様性を生む可能性に満ちていることが理解できました。「ドチャベン2017」でビジネスを考えるうえでも非常に参考になる話でした。私たちも、秋田の取り組みに注目しつつ、シェアリングエコノミーの可能性について、考えを深めていきたいと思います。どうもありがとうございました。
Photo by Niko Lanzuisi
取材場所 : NagatachoGRID