全国の地方都市で唯一経済成長を続け、2016年も過去最高となる約861万人の観光客を迎え入れている日本屈指の観光リゾート地である沖縄。特に2010年から徐々に進められたオープンスカイ協定によってLCCの就航開始が相次いだ近年の沖縄は、台湾や韓国、中国、香港といったアジア各地からの観光客も迎え入れ、アジアと本州とを繋いだ人の流れの中心に位置する“ダブルハブ”として存在感を増しています。そんな沖縄は、果たしてシェアリングシティならぬ“シェアリングリゾート”になる可能性を持っているのでしょうか?
今回は長年沖縄の地域振興と経済発展を支えてきたシンバホールディングス株式会社・代表取締役会長の安里繁信氏と、東京に本社を持ちながら、沖縄でAirbnbやシェアリングサービスの運営代行をしているジークラウド株式会社の渡部薫氏に、その可能性を訊きました。
唯一の経済成長を続ける観光県・沖縄の現状とこれから
安里繁信氏 / 渡部薫氏 インタビュー
――沖縄の観光は昨今、インバウンドの増加によって大きく状況が変わりつつありますね。沖縄の地域振興などを幅広く支えられてきた安里さんは、この変化をどのように感じていらっしゃいますか。
安里:そもそも、日本が本格的に観光のことを考え始めたのは2004年頃だったと思います。それまでは、政府が「観光の成長性」を今程意識して何かをしたことはほとんどなかったと思うんですよ。沖縄に限定しても、観光は長い間、「観光のためにこの道路が必要だ」「観光のためにこの施設が必要だ」という形で、観光業界の声というよりむしろ、インフラ整備ありきのような理屈がニーズに置き換えられてきました。今の流れにつながったのは、沖縄国際海洋博覧会(1975~1976年)を失敗してからですね。それからバブル景気~バブル崩壊を経てビジネスモデルがさらに進化しました。そして2011年が、沖縄の観光の転換期とも言える「インバウンド元年」です。それまでは沖縄に向けての航空便は羽田発着のものが6割を占めていて、「羽田が倒れたら沖縄も倒れる」と言われていたぐらいでした。ところが3・11で羽田空港の機能が麻痺して初めて、550万人の市場の蛇口が閉まることの怖さを経験したのです。そこでオープンスカイ協定などを利用した航空政策やマルチビザの発給など、日本初の政策を実施して海外の観光客が増加していきました。
――東京を拠点にしながらも、沖縄でシェアサービスを運営されている渡部さんは、観光地・リゾートとしての沖縄にどんな魅力を感じられますか?
渡部:僕自身はインターネットを中心に仕事をしてきた人間なので、観光をあまり意識しているわけではないのですが、日常的にデジタル環境に身を置く現代では「環境だけでもアナログに戻したい」という揺り戻しが起きていますよね。だからグーグルはオフィスの環境を整えたり、福利厚生を厚くして食事も無料にしたりしています。だとしたら一番いいのは、自然の中で仕事ができることです。極端に言うと、海や山。つまり、日本では北海道や沖縄だと思うのです。僕らがそう思うのなら、デジタルに疲れている世界中の人々もそう思っているに違いないと考えたのが、沖縄でAirbnbサービスをはじめたひとつの理由です。また、大手航空会社を使うと沖縄に来るのに3~5万円かかるわけですが、LCCを使えば今は5,000円以下で来ることができます。それなら、都市部に事務所を置いて高い維持費を払うより、家賃が3分の1で済む沖縄に物件を買い、使わない間は貸し出せばその分も収入が入ると思ったのですよ。
▲渡部さんが展開する沖縄の海を一望できる「OCEAN CAFE」
▲「OCEAN CAFE」に隣接するAirbnbで貸し出しされている部屋
――お二人が沖縄を見てきた中で、沖縄の観光はどんな状況にあると思いますか。また、沖縄の観光についてどんな課題や要望を感じますか。
渡部:観光で望むのは、沖縄の自然を大事にしてほしいということですね。
安里:結局、観光は「街づくり」ですよね。外からの人に対する前に、住んでいる人たち自身に「この街をどうしたいか」がなければ成り立たない。まずはそこが大切だと思います。また、これから観光にシェアリングビジネスを利用していくとしても、ゾーニングをきちんとしないと上手くいかないと思いますね。たとえば、ハワイでは「ここは住民が暮らす場所」「ここからはリゾート」という形ですみ分けることで、住民と観光客とのトラブルを回避しています。もともと日本は島国で外には冷たい国ですし、特に沖縄は「沖縄の人間以外は認めたくない」という方々も多く混在する独特の地域性を有しています。実際、観光を重視することで県外の大型資本に牛耳られることへの懸念や反発から「観光客はいらない。外国人は入ってくるな」という人も出始めているんですよ。ですから、そういった人とも一緒になって「沖縄をどんな場所にするか」を考え、納得してもらった上でプロセスを踏む必要があると思いますね。
――まずは地域の方々の理解や、しっかりとしたヴィジョンが必要だということですね。
安里:そうですね。また、“ニーズを考える”ことも大切です。いいものを作っても、それが求められなければ意味がないわけですから。では、60億~70億のマーケットに向き合うのか、向き合うならそのニーズは何かを考えていかないと、一番所得の低い階層に地元の人間が追いやられ、外からの資本が支配する島になってしまうかもしれません。ですから、シェアサービスを観光に利用するのは賛成ですが、どんな風に進めていくのかは考えなければいけないと思います。また、Uberのようなものが入ってきたときにトラブルが起こったら誰が責任を持つのかを考える必要もあります。沖縄でのハードルは、僕はそこにある気がしますね。とはいえ、もともと沖縄は日本の1/100のスケールなので、様々な企業が日本進出の際にまずは沖縄に出店し、テストマーケティングをしてから全国展開をする時代がありました。そのように、沖縄だけでなく、最終的には日本全体を考える必要もあると思うのです。
――なるほど。
安里:特に、環境整備が必要ですよね。日本は行政のせいにするところがあって、自己責任が「あいまい」な国だと思うのですが、規制緩和に際しては(自由度を高くするため)ある程度それぞれの責任に寄り立った保険制度やルールを考えていく必要があります。たとえば、途上国からのインバウンドの方々を受け入れていく中では、床ジラミの問題があります。床ジラミは一度発生するとベッドや壁紙をすべて変えなければいけないケースもあるようですが、日本では想定されていないことなので、受け入れ先が渋々すべてをかぶらないといけない。一方、アジアでは、もともとそのリスクを想定に入れたサービスが考えられています。
――2016年はシェアリングエコノミー元年と言われ、日本各地でも様々なサービスが本格的に開始されました。沖縄での利用にはどんな特色があるのでしょうか?
安里:一緒くたにシェアリングエコノミーと言っても、公共インフラが整っていない沖縄と、都会とではまったく違いますよね。民泊で言えば、宮古島などでは「古いアパートだけでなく、そこに(沖縄での交通の必需品でもある)軽自動車をつけて5,000円」というケースもあるようです。
渡部:確かに、うちの施設を利用する方でも、要望として一番多いのは、「車も貸してほしい」というニーズです。ただ、万が一事故があったときに責任が取れないので、そこは「レンタカーを使ってください」と言っているんですけどね。今、中国人の方が宿泊しているのですが、那覇からここまでバスで来たと言っていて驚きました(笑)。那覇からここまで結構離れているので、タクシードライバーさんが帰れなくなってしまうため、乗せてくれなかったようなのです。
安里:中国人観光客の方はワンメーターでも値切るので、その料金交渉に30分も時間を取られたりして、タクシードライバーの中には「外国人は乗せないんだ」と言う人もいます。受け入れる側も、彼らの要求に応えるのかどうかを考えなければいけないですよね。僕としては、今よりも規制を緩和して、その中で自己責任の文化を作っていくということが大事なのではないかと思います。今はそのルール自体もない状態なのですよ。
渡部:僕もそう思います。ルールを作ってほしいですよね。
安里:また、住民票を沖縄に移していない人たちがここで事業を起こした場合、住民税も払っていない人々が利益を吸い上げていくことに反発が起こることもあるかもしれません。そうして地元の人々が搾取されてしまったとしたら、何のためにシェアサービスを導入するのかが分からなくなってしまいます。
渡部:僕もその辺りは、シェアリングに限らずとも気にしているところです。このカフェ兼Airbnbスペースも地元の方に物件を売っていただいて始めたんですが、コーヒー豆は沖縄のものを使おう、電気などの工事もできるだけ地元の方にお願いしようと、ローカルとの共生を大切にしています。シェアリングエコノミーというのは「エコノミー」であるだけではなく、その土地の方々との繋がりや、利益を還元することでもあると思うので、やはり“地域とのシェア”でもあることが重要です。僕らは地元の方と繋がりたいと思っているので。
安里:沖縄でなければならない理由を追究して、沖縄を求めてくれる市場に向けて前のめりに突っ走っていくべきだと思いますね。沖縄の自然や文化を大切にしつつ、ニーズに対応していく。そんな地域づくりをする必要があると思います。4年前、石垣島と香港との間でチャーター便を始めたのですが、最初、香港の方にプレゼンをしたら「あんなところに人が住んでいるの? 岩じゃないの?」と言われました。けれどもそこから4年経って、今では多くの乗客が利用してくれていて、その90%がFIT(海外個人旅行)なのです。利用者にはアジア人だけでなく、ヨーロッパ人もたくさんいます。ダイレクトに個と市場が繋がっているということです。
渡部:まさにP2Pですね。
安里:大手でパッケージツアーを組むと多言語対応する必要があるかもしれません。でも、それがいいかどうかは別の話です。たとえば、ヨーロッパの国に多言語に対応している国はほぼなく、観光に関しては「おもてなしがあるから」「安全だから」ということが行きたい動機に繋がることはない。観たいものがある、行きたい場所があることが大事ですよね。
渡部:実際、僕らも「English only」という形で割とツンデレ対応をしています(笑)。敷居を下げて簡単にする、というのはちょっと違うと思うので。やっぱり、海外に行ってすべて日本語で書いてあっても嬉しくないじゃないですか。むしろ、読めない字を読もうとしたり、何が書いてあるのか分からないメニューを見て注文したりするのも旅の面白さであり、旅をする動機のひとつだと思うのですよ。そういえば、僕はFacebook上に海外の人々も含め、会ったことのない友達が多くいるのですが、最近の旅にはそうした人々に会いにいくという目的もあります。そうなると、逆に海外の人が東京に来てみたい! となったりするわけです。つまり、これまでは「パリのエッフェル塔が観たい」「NYの自由の女神が観たい」という、その土地にあるものだけが目的でしたが、その場所にいる「人に会いたい」というように、広がっていくと思うのですよね。
安里:実際、これからは世界からも情報が入ってくるような時代になりますよね。多様性の中で、これは必要だ、これは捨てようという選択をしなくてはいけないことがあるかと思います。“シェアリング”というキーワードの中でも、それが見えてくると思うのです。そのときに何を選んで、何を捨てるのか。多様性の中でそれを見極めることが大切なのではないでしょうか。
CtoCでの海外旅行などが増加傾向にある現代において、観光事業に必要なのは「多様性」。日本が誇るリゾート地・沖縄もまた、観光客のニーズを読みながら、その多様性を提供していく必要があるはずです。中でも都心部に比べて公共の交通インフラが不足する沖縄では、交通系のシェアサービスの普及が重要な課題。実際に中国・韓国・台湾などの観光客による沖縄でのレンタカーの利用率は非常に高く、日本とは異なる交通マナーを持った観光客と地域住民の方々の間でのルール整備も待たれています。また、豊かな環境資源や文化を持つ沖縄だからこそ、地域に密着したステイを求める観光客も多いはず。そのために、民泊のような宿泊に関するシェアサービスも整備する必要があるでしょう。そうして生まれる沖縄の観光・リゾート地としての発展は、東京一極集中型とは異なる「南からの国際化」の手段として、日本国内の人の流れをより豊かなものにしてくれるのではないでしょうか。
シンバホールディングス株式会社 代表取締役会長 / 安里繁信
▼PROFILE
沖縄県浦添市出身。2004年、株式会社信羽を設立、代表取締役社長に就任とともにグループ企業を統合するシンバネットワークを設立。企業経営の傍ら、那覇青年会議所第38代理事長に就任、最年少で沖縄県教育委員ほか県下各種公職を歴任し、09年には沖縄から初の日本青年会議所 第58代会頭に就任。2014年には、日本公共政策学会に正会員(公共経営学、沖縄振興)として推挙・承認され、入会。公共経営の研究と実践を結び付け、沖縄の経済自立と地域振興に取り組む傍ら、沖縄に軸を置いた様々なテーマのトーク&情報ドキュメンタリー番組にも多数出演。
ジークラウド株式会社 CEO&創業者 / 渡部薫
▼PROFILE
インターネット聡明期よりインターネット事業に携わり、ベンチャー企業の立ち上げ、経営、ビジネス開発などを担当。ソフトバンクグループで動画検索エンジン、モバイル検索エンジンの開発、ボーダフォン買収案件に関わる。2009年よりクラウドコンピューティングとiPhone向け事業 – RainbowAppsを立ち上げ、iPhoneアプリ開発支援サービスを提供する。近年はウェブビジネスのコンサルタントとして、様々な企業のウェブ戦略のアドバイスをする一方、講演、イベント、セミナー、スクールなどソーシャル活動も活発に行い、現在ではシェアリングエコノミーとドロン、サイバーセキュリティ事業に注力している。
※ジークラウド社は旅館業法に抵触しないようAirbnbは運営代行業のみ行っています。またその利用者は国内・海外のエンジニアやその家族で社宅・保養所利用であり、各物件オーナーは宿泊費は受け取っておりません。