パブリックアフェアーズ(公共戦略コミュニケーション)という、日本ではまだ珍しい立ち位置の業務を本業としながらシェアリングエコノミー協会事務局の一員として活躍するマカイラ株式会社の藤井宏一郎さん。今年の7月に開催された世界最大のシェアリングエコノミーの祭典「OuiShare Fest」に参加して、“見えた”ものがあったといいます。そこで感じた、シェアリングエコノミーの現状と未来についてお聞かせいただきました。

マカイラ株式会社 代表取締役 藤井宏一郎さん

――今年の7月に、世界最大のシェアリングエコノミーの祭典「OuiShare Fest」の視察に行かれていますが、それはどのようなイベントだったのでしょうか。

OuiShareは、“新しい市民参加型の社会経済政治システムをつくりたい”という人たちの集まりで、“コラボラティブでオープンなエコノミーを作る”ことを目的としています。そのOuiShareという組織が主催するフェスタです。パリの郊外のパンタンという街に、企業、NPO、個人、学者、ジャーナリスト、自治体関係者などが集まり、ワークショップやシンポジウムをはじめ、音楽やダンスといったエンターテインメントが披露されたり、飲食ができる交流スペースがあるような、そんな多少柔らかい雰囲気のイベントでした。

――「OuiShare Fest」に参加された目的はどのようなものだったのでしょう。

当初の参加目的としては、シェアリングエコノミー協会のスピーカーとして、あるパネルセッションに登壇するというものだったのですが、現地に行ってみると誰もシェアリングエコノミーの話をしていない。私たちとしては、OuiShare Festというのは、シェアリングエコノミーの世界最大の祭典であって、シェアリングエコノミー企業が集まって、情報交換をする場だと思っていました。ところが先ほどご説明したように、OuiShareは元々、コラボラティブでオープンなエコノミーを作ることを目的としていたと。実際、OuiShareが結成された2010年当初は、シェアリングエコノミーこそが、その解だと思っていたようなんですね。しかし2~3年経ってみると、“なんか違うね”という話になってしまった。それで、2015年にはこの団体が“So long collaborative economy” (“共有型経済さようなら”。共有型経済はシェアリングエコノミーの別の言い方。)というブログ発表をして、ひとつの区切りをつけてしまったのです。

――シェアリングエコノミーは終わってしまった…と。では、彼らは今、どのような活動をしようと考えていたのでしょうか。

彼らは、シェアリングエコノミーだけで世の中を変えるのではなく、それを乗り越えたものを作ろうとしているのです。今、注目しているのは何かというと、自治体なんです。“世界の自治体よ、結集せよ”というスローガンを掲げ、市民によるオープンな自治体ガバナンスに、どうやって市民や企業、NPOやNGOが繋がっていけるのか?ということを考えています。Cityを国際的につないでいくことが彼らの今の関心事であって、彼らがやろうとしていることは、誤解を恐れない言い方をすると、自治体をベースとしたグローバルな社会革命なんですよ。その全体戦略の中に、シェアリングエコノミーの革新が組み込まれている。

――そこで藤井さんが感じたことは?

こういうことをやっている人というのは、いわゆる市民派で左派なわけですよね。世の中全部が“シェアエコは終わった”といっているわけでない。心理的傾向としては、大企業や大国家による統治に反発しがちな人たちがそのように言っているに過ぎない。そこはフレッシュな発見でしたね。やってみたら思ったのと違ったから、終わったと言っているけれど、日本はまだシェアリングエコノミーの入り口に立ったばかりで、これからやろうとしているわけですから終わったも何もない。ここまで強く出てくる市民派は日本にはいませんからね。グローバルではこれだけ市民社会というものが本気で強くて頑張っていて、なおかつシェアリングエコノミーもかなり先にいっていて、日本よりもはるかに成功している部分と、市民社会からみると“違うだろう”という部分もあるという構図の先進さ、鮮明さが印象に残りました。まず、日本はシェアリングエコノミーの分野で先進ではない。これからやろうとしているので、どのようにシェアリングエコノミーサービスが社会に普及していくのか鮮明になっていない。反対派も市民でなくて既得権事業者が“今の自分たちのビジネスが壊れたらいや”といっているだけで、市民社会も意識が薄い。要するに未成長、未成熟なだけですよ。だから、欧米のほうがうまくいっている部分もある。

ユニコーン企業が生まれて実際に雇用が生まれて経済も動いているじゃないですか。そんなムーブメントの兆しすら日本ではまだ生まれていません。寂しさすら感じます。リバタリアンな右派から見たときには、規制撤廃してインターネットアクセスできるようになって、そこでお金儲けに成功している。それはそれでひとつの世界観ですよね。そのプラットフォームで今までよりも自由に稼げる人もたくさん出てきているし、そこから税収があがって社会貢献しているという社会ヴィジョンをもっている。そういった視点から見れば成功しているわけで、だから日本は日本のやり方でやればいいと思うのです。日本は確かにベンチャーキャピタルにお金がないし、市民社会もノリが悪いし、シェアリングエコノミーサービスの安全性を不安に思う人も多い。みんなが気軽にものごとを分かち合う社会じゃないのですよ、日本は。シェアリングエコノミーにとって肥沃な土壌ではなことは事実ですが、それは認めつつ日本型のシェアリングエコノミーではどういうことができるかというのを頑張っていけばよくて、それこそがたぶん、シェアリングエコノミー協会がやるべき仕事のひとつなんですよね。世界がこういう状況だというのは、ひとつのベンチマークとして知っておくのは良いと思っています。

――そこでは、どのような議論がなされていたのでしょうか。

難しい問題ではあるのですが、少なくともOuiShare Festで議論している人たちというのは、うちの国ではライドシェアができないとか民泊のために規制緩和してくれという議論をしに来ているわけではないですよ。そういうことは既に出来ている国がほとんどなので、そういったビッグプラットフォーマーが自由にできるように規制緩和してくれというのがテーマではないです。恩恵がもっと社会全体に行きわたるようなシェアリングエコノミーを作るために、どうしたらもう少しローカルで等身大な、ユーザー自身がプラットフォームの所有権やコントロールを持つ共有型経済を作れるか、それがどうやったらビジネスとして持続可能なカタチで実現できるか、というところのチャレンジなわけです。ビッグプレイヤーについては、ユーザー(遊休資産や時間やスキルを提供する人)がプラットフォームの運営自体に参加しているわけではないので、ともすると弱い立場でプラットフォームに従属してしまう可能性がある。あるいは、単に遊休資産を持っている人がより稼げるだけのシステムになってしまう。そういうビジネスは“(本来目指していた)シェアエコ”ではなくて“アクセスエコノミー”と呼ぶ人もいます。会社のオーナーシップがユーザー間で共有されているわけでもないですし、個々の労働者がプラットフォーム運営に対して発言権があるわけでもない。遊休資産や特殊技能を持っている人が儲かる仕組みですが、そもそも遊休資産を持っている時点で裕福なわけで、単純労働しか提供できない人にとっては、上手くシステム全体を設計しないと単に更なる非正規雇用の温床になる可能性がある。ここで目指しているのはそうでなくて、よりオープンでフェアで労働者の発言権があって、生産者とより近くコミュニティ感を持っていて、なおかつ自己実現が図れるというものを、いかにしてサステナブルにビジネスとして倒れないやり方でやっていくかというところに彼らのフォーカスがあるのです。

議論されていたのは、“Platform Cooperativism(プラットフォームコーポラティビリズム=組合型プラットフォーム)”です。コーポラティブは生協、組合という意味。大きなシェアリングエコノミー企業はみんなプラットフォームですよね。プラットフォームの株主はベンチャーキャピタルで、そもそも大きな資本主義に組み込まれたウォールストリートが株主であって、ドライバーやホストが株主ではない。そうではなくオーナーシップをユーザー側に持ってこようという運動です。これがひとつの世界の潮流で、タクシー運転手組合が、自分たちでお金を集めて自分たちのアプリを作ろうというのがもっとも過激なやり方ですよね。ただ、それは現実的になかなか難しい。タクシー運転手は起業家ではないから、エンジニアリングノウハウや経営ノウハウもっていない。正直、理想が先走っている部分はあるとは思います。世界のあちこちで、このような実験が行われていますが、大成功をおさめたものはあまりないのです。

The Internet of Ownership

The Internet of Ownership

うまくいっていないから“シェアエコは終わった”と考えが生まれてくるのでしょうけれども。中にはなんとかそれに近づけようとしている人たちもいます。そういった運動の一つにPlatform Cooperativism の社会実装を応援する“Internet of Ownership(インターネットオーナーシップ)”プロジェクトがあります。「インターネットは元々、市民社会をつなげてボトムアップな社会を作り、民主主義をより活性化させるはずだったのに、我々の手からインターネットというものが奪われているのではないかと。なぜなら無料のサービスだと思っていたら我々の個人情報がその対価となっていた、あるいは検索エンジンや交通、ソーシャルネットワーキング、ソーシャルメディアで巨大な市場独占が生まれている。それから労働プラットフォームが様々な労働者保護のための社会保障を害している、ユーザーは日々の生活に影響を与えるプラットフォームに対してほとんどコントロールを持たない」という強烈なメッセージを発信しています。こういうことがなぜ起きているかというと、それはウォールストリートがファンディングしているからであって、どうやったら市民の手にインターネットを取り戻すかというのが、この“Internet of Ownership(インターネットオーナーシップ)”という運動の趣旨なんです。Uber やAirbnbのようにユニコーンと呼ばれる巨大企業になるようなものは、この中から生まれていないし、今後とも生まれないでしょうが、例えばストクシーだとか、マイデータ、エコノミックス、こういったところは、何とかしてよりフェアなインターネットを作ろうと頑張っているのです。

ストックフォトグラフのマーケットプレイス Stocksy(ストクシー)

――具体的な事例を教えてください。

ストクシー」は写真のプラットフォームです。写真家がみんなで株を持ち合っている。会社を共同所有して利益もみんなで分かち合うんですね。写真家もけっこう搾取されやすい業態ですから。あとは米オハイオ州のクリーブランドの事例ですが、「エバーグリーン・コーポラティブズ」といって、労働者である住民たち自身が共同所有する複数の会社が、水耕栽培で地元のレストランに野菜を供給したり、ソーラー発電システムを運営して地元の企業に電力を供給したり、クリーニング工場を運営して地元の病院などにサービスを提供する活動が進められています。このようにして組合型の組織運営と地産地消を組み合わせて持続可能な地域循環型経済を目指すモデルは今や「クリーブランド・モデル」と呼ばれますが、これをプロトタイプにして世界に広げようとしているんですね。インターネット上のプラットフォームを活用していないし、もはや遊休資産をネットを介してトレードするというシェアリングエコノミーの定義からははずれ、自治体と市民による古くて新しいオープン型の共同統治というくくりになります。彼らの理想はシェアリングエコノミーのプロモートではなく、あくまでオープンで共同的でフェアな社会経済システム作りなので。

エバーグリーン・コーポラティブズ

フード・アセンブリ

組合型プラットフォームではありませんが、仏南西部のトゥールースを中心に展開されている「la Ruche qui dit Oui!(英語名:フード・アセンブリ)」もフェアで共同的なシステム作りの成功事例のひとつです。コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャーといわれ、日本でいえば地産地消、産地直送という言葉でくくられるものですね。どういうシステムかというと、農家の周りに“アセンブリ”と呼ばれる小さな販売拠点をつくっていくのですが、そのアセンブリは個人のガレージだったり部屋だったりと、ホストがいるわけです。購入希望者がアプリで“この野菜がほしい”とリクエストすると、そのホストの軒先で市場がたって、そこに農家がやってきて野菜を置いていくのですね。ローカルな市場がフランスの各地にに立って、顔の見える生産消費というものが行われています。生産者にとっては、作物を作って農協、漁協といった通常の流通プラットフォームに乗せてしまうと、食品産業という巨大な資本主義市場の中で、どのようなルートで流通しているかわからなくなるし、なおかつ価格に対する支配権がなくなる。だから農産物の価格が暴落し、農家が破産する、という事象がどこの国でもおこっています。そこで、価格変動のリスクを緩和するために生産者と都心部の消費者がダイレクトにつながって、必ずこれをいくらで買うとコミットする。そこにさらに交流や手紙など通じて心理的な付加価値を乗せていくのですが、それをコミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャーと呼んでいます。

このコミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャーの歴史を調べると、その類似モデルとして、1960年代から80年代の日本で盛んだった「提携」運動が必ず挙げられている。これは、当時有機農業を推進していた人たちが、「生産者と消費者の提携」として提唱したもので、単なる「商品」の産地直送や売り買いではなく、人と人との友好的つながり(有機的な人間関係)を築くなかで進めるものとされています。残念ながら、日本ではその後、有機農業も商業ベースに乗るようになってこの運動は勢いを失ってしまったのですが、日本も一次産業や地産地消に関しては、ひとつの固有の日本モデルの歴史があるのではないかと思います。
また、日本の生協は消費者による協同組合としては世界最大です。今、オンラインプラットフォームになってEコマースもできるようになりましたが、そういうことをはじめたというのも海外メディアは取り上げていて、「協同組合がデジタル時代に適応する一つのモデルを提供している」と報じられている。日本にとってはそんなところにもひとつの答えがあるのかもしれませんね。

UBER Movement

総括すると、大型プラットフォームはOuiShareが考えていた“純粋にオープンでフェアなボトムアップ参加型”という理想とはちょっと違ってはいるけれども、それはそれで社会にバリューをもたらしているので、ポジティブにどうやって大きなプラットフォームを使いながら、自治体や地域社会がうまく彼らとつきあっていくかを考えていけばいい。Uberだって過疎地でうまく使えば、便利になるのだし、Airbnbだって新しい形のインバウンド観光にとても貢献して、ハッピーになったホスト・ゲストが多数いる。うまいコラボの仕方があれば絶対うまくいくはずなんです。実際、OuiShareの参加者だって、私含めて多くはAirbnbに泊まってUberで会場に来ているんですよ。自治体とプラットフォームのデータシェアリングなどは好例ですよね。Uberを走らせたら、どこで交通需要があるか、どこの幹線道路がいつも渋滞しているとか、バスルートを新たに引くための基礎データが蓄積される。そういうデータは一自治体で集められないですよね。ここは交通過疎地だから取り残されている人がいると、Uberならわかるのです。どうやってうまく協定を結んで、そのデータを自治体に還元していくか。欧米では実際に「Uberムーブメント」という、情報を分かち合うプロジェクトが、Uberのイニシアチブによって始まっています。

――今回の視察を終えて、改めてシェアリングエコノミー協会の使命みたいなものが見えてきましたか。

現在、シェリングエコノミーの発展については、3つの方向性を同時に考えるべきと思います。ひとつが「Airbnb」や「Uber」のような大型プラットフォームの成長モデルをいかに規制緩和によって日本でも実現するか。もうひとつが先に説明した「フード・アセンブリ」や「ストクシー」のような小さなローカルベースの市民に近いITプラットフォームを持続可能な形で育てていくこと。日本でいうと「AsMama」などがそうかもしれません。さらに、第三のカテゴリとしては、必ずしもITプラットフォームにこだわらない「コモンズ型経済」のようなものを市民、企業、政府協力のコミュニティによって実現するか。エバーグリーン・コーポラティブズが提示した「クリーブランド・モデル」です。

基本的にシェア系プラットフォーム事業者から成り立つシェアリングエコノミー協会としては、少なくとも最初の二つは「シェアリングエコノミー」そのものですし、必ず推進していかなくてはいけないと思います。規制緩和による事業環境の整備により大規模シェアビジネスを可能としていくこと、自治体などとの提携推進によりローカルベースのプラットフォームを育成していくこと、どちらも重要です。第三のカテゴリはいわゆるシェアリングエコノミーの定義からは外れる部分もあるかもしれませんが、地域循環経済の創出に向けた様々な取り組みの中で、シェアリングエコノミー型の事業を組み込める部分は必ずあると思っています。日本のシェアリングエコノミーは欧米の先進事例に比べるとまだスタートラインに立ったばかりですが、ぜひその芽を大きく育てていきたいと思います。

Photo by Niko Lanzuisi

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