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「預けたら預かってあげる、というお互い様ではなく、預けたい人は預けることばかり、預かりたい人は預かるばかりでも ありがとうの500円をお礼の代わりとすることで互いに気兼ねをせず、それぞれのハッピーが実現できたらいいじゃない」

この言葉は、株式会社AsMama(アズママ)が提供する子どもの預かり合いサービス「子育てシェア」の紹介文で書かれている。子育てシェアは、顔見知り同士で子どもを預けることができ、依頼者が支援者に対して1時間500~700円を支払うというネットの仕組み。全支援者に保険が適応されている特徴もあり、これまでに3万人以上が登録し、6000件以上の預かり合いが行われている。

ただ、この仕組みを聞いて、「実際、子どもを預かり合うってどうなの?」と思う方もいるだろう。一方で、時間やお金をシェアする新しいサービスだと感じる方もいるかもしれない。今回、文京区でママサポーターとして活動する大寶美穂(おおたから・みほ)さんに話を聞いた。

子育てシェアに共感、すぐママサポーターに

現在、6歳と3歳の子ども(*)をもつ大寶さんが、ママサポーターの活動をはじめたのは2014年のこと。下の子が3歳になって手離れし、なにか自分にもできることはないかと思いはじめた。子どもをどこかに預けるのではなく、子どもを連れながらでもできる子育てサポートなどをネットサーフィンで探していたところ、「子育てシェア」にたどり着いた。(*2015年10月30日 本サイト掲載時)

「サービス説明を見てみると、お互いに子どもがいながら預かり合い、助け合いましょうということで、『これは!』と思ったんです。そこですぐ、ママサポーターになろうと決めました。子育てシェアには、ママサポーターと一般会員の2種類の参加の仕方がありますが、わたしは一般会員を知らず、最初からママサポーターになりました」

子育てシェアのママサポーターになるためには、ウェブサイトとYouTube、Skypeを使った研修を受ける必要がある。大寶さんの場合、子どもが寝たあとや幼稚園に行っている合間にYouTube動画で知識を学び、ウェブサイトで確認テストを受ける。その後、Skypeで研修を終えると、実地研修へと進む。それを修了すれば、晴れてママサポーターとなるのだ。

大寶さんはネットでの研修を2ヵ月ほど受け――当時は実地研修がなかったことから――すぐにママサポーターとしての活動がはじまった。現在は実地研修があり、預かり合いの現場にママサポーターと同行し、サポートを受けながら経験を積む。いきなりの預かり合いに抵抗を感じる人でも徐々に慣れることができるプロセスとなっている。

ママサポーターの3つの仕事

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ママサポーターになる人には、保育士資格や教員免許などを持つ人たちが多い。大寶さんはどちらも持っていないが、子どもが好きであること、長女で下の子どもを見ていた経験があることで、預かり合いに抵抗はなかったという。ママサポーターの仕事は大きく3つに分けられる。

「ひとつは伝えるお仕事。頼り合いをするサイトがあること、子育ては自分だけでするのではなく実は頼っていい人がこんなにいることを伝えていきます。ふたつ目は、頼られたときにサポートするお仕事。子育てシェアを通じて、お預かりをしたり、相談に乗ったりします。最後は場をつくるお仕事。頼ってほしい人と頼りたい人がいても、出会う機会がなければずっとすれ違ったままです。ママサポーターはその出会いの場をつくります。

たとえば、この場所(文京子育て不動産*)は地域交流会などの際、無料で貸していただいています。子育てシェアでは基本的に顔見知り同士の預かり合いをするので、お母さんたちが出会い、交流する場は重要です。ママサポーターだけでなく、一般会員のお母さん同士で預かり合いが起こるようになれば素敵だと思います」

(*文京子育て不動産:文京区千石駅前の子育てを楽しむ家族のための不動産屋。キッズスペースもあり、ママサポーターの地域交流会の場所としても使われている。子育てシェア会員の高浜直樹さんが代表を務める)

このようにママサポーターの仕事は幅広い。大寶さんはバランスよく3つの仕事をしたいという。なかでも現在は最寄り駅周辺での活動に注力。月に一度、地域交流会を開催し、毎回、数組から10組ほどの会員が出会う場をつくっている。場づくり以外にも、支援依頼があれば子どもを預かり、ほかの地域でイベント開催があれば、その地域に出向いて告知チラシを配ったりもしている。

お母さんのサークル同士をつなげていきたい

ママサポーターは基本的に地域に根ざして活動するが、そのなかでどんな苦労があるのだろうか。大寶さんは「場を確保することが大変」だという。

「ママサポーター自身が自主企画・運営する地域交流会では、場所代やチラシ代、なにか工作するときの材料代もママサポーターの持ち出しです。参加費で収益を出すかたちですが、場所代がかかればそれだけ参加費も高くなってしまう。でも参加費が高いと参加のハードルも高くなります。

だから、ほとんどのママサポーターは安く借りられる公民館でイベントや交流会をしていると思います。わたしは場所代をかけたくなかったので、児童館や子育て用のカフェに伺い、無料で貸してくれる仲間を募りました。文京子育て不動産もそのひとつ。無償で提供いただく代わりに、いろんな人にこの素敵な場所を知ってもらうように活動しています。

実は東京って、ご近所付き合いが希薄に見えて、水面下でお母さんのサークルがいくつもあるんです。ただ、サークル同士のつながりはほとんどありません。将来的には、ママサポーターとしての活動を通じて、お母さんたちが所属するサークルを横でつなげていくことも目標のひとつです」

近所のママサポーター同士では交流もあり、新しいママサポーターが入ったときには、交流会に招待し、実際の活動をのぞいてもらう。ただ、ママサポーターは全国にいる。子育てシェアの登録会員同士はサイトの掲示板を通じて情報共有や交流をする。イベント情報や子どもがたくさん遊ぶ公園、チラシを置かせてもらえた場所……さまざまな情報やノウハウを共有することで、それぞれが次の行動に活かしていくのだ。

ほかの子を預かることで、自分の子どもの成長を確認できた

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バランスよく活動する大寶さんに、はじめて子どもを預かった(サポートした)ときのことを聞いた。「親子カフェにチラシを配りに行き、そこでネイルをしていたお母さんに活動を紹介しました。その数日後、子育てシェアに見守り託児の依頼が掲載されていたので手を挙げたところ、依頼主がネイルをしていたお母さんだったんです。そんな偶然から、はじめての託児を経験しました。そのときはうちの子どもも小さかったので連れて行き、お預かりの子を抱っこしたり、いっしょに歩いたり、寝かしつけたりしました」。

この1年半で20~30回は預かってきたという大寶さん。このお母さんの子どもは多いときには月に4~5回、そのほか個別や突発的な依頼が入るという。預かる時間帯は午前中や自分の子どもがいないときで、1日8時間預かることもある。子育てシェアでは1時間500円~700円が発生するので、8時間くらいになるとそれなりの金額になる。

大寶さんとしては、副収入として稼ぎたいならおすすめしないが、子育てを理由に仕事ができないときに、「ボランティア+α」で収入が得られると考えられる人には有効な手段になるという。お互いの時間やお金をシェアできることに価値を見出す姿勢が求められそうだ。シェアされる時間と空間があるからこそ、子どもを預かるなかで思いがけない気付きもある。

「最初はうちの子も相手の子も抱っことおんぶしていたんですが、お互いに慣れてくるとだんだんきょうだいのようになってきました。最初の数回は嫌だと言っていたうちの子も、いまではお預かりに行くことを喜んでついて来るんです。家では妹ですが、預かり先ではお姉ちゃんになったような体験ができているみたいで、子どもをお世話するようになっています。そういう瞬間にホッとしますね。自分の子どもの成長を冷静に見ることはむずかしいですが、ほかの子を預かることで自分の子どもの成長を客観的に確認することができています。

預かり終えると、相手のお母さんに報告もしますが、『普段は大人ばかりの世界で暮らしているので、本人も楽しかったと思います。ありがとうございます』と言っていただいたことがあります。いまでは部屋のなかだけではなく外に遊びに行くのですが、それが嬉しいのか、わたしが訪問するたびに駆け寄ってきてくれます。さきほどのネイルのお母さんには、『第二の母』と呼んでもらっています(笑)。相手の子にも貴重な経験になり、お母さんも喜んでくれたとことはとても嬉しいです」

これだけ仲良くなると、帰る際に「帰りたくない」「まだ遊びたい」となる子どもがいる。そんなときには「時間の区切りをつける」ことが大事だという。大寶さんは、次の予定を意識してスケジュールを組み、気持ちを切り替えるアイテムも持つようにしている。「もう行くよ」ではなく、「○○するからおうちに戻るよ」と新しい提案をする。言うことを聞かないときや危ないことをしたときには注意するが、自分の子どもよりも他人の子どもだと上手に切り替えてくれるそうだ。

他人に子どもを預ける抵抗感は誰のため?

子どもを預かり合うなかで、食事やお風呂、宿泊……いろんなことに気を配らなければいけない。そのため、子育てシェアの自己紹介ページには、名前と期間、食事、おやつ、お風呂、宿泊など保育歴や保育・送迎条件、保育ポリシーが書かれている。たとえば、チョコレートはダメと決めている家庭があれば、託児中は自分の子どもにもチョコレートを出さないようにする。また、室内外どちらの遊びが好きなのかを事前に尋ねる。相手の嗜好を優先して、いつもの日常と大きく脱線しないように心がけているという。

大寶さんはこの1年半にわたり、子育てシェアを伝え広めてきたが、予想外だったこともある。それは子育てシェアに集まる人のなかには、つながりあい、助け合い、頼り合いを必要ないと思う人もいるということだ。

「いいサービスなんですが、ちゃんと理解しないままに、『私は必要ないから』と思ってしまう人が意外と多いです。わたしたちとしては、賛同してほしいというよりは、必要なときに思い出してもらえたら嬉しいという感じです。だから最初から必要ないとシャットアウトされるのは悲しくなります」

それでも、自分の子どもを預けることに心理的な障壁を感じる親御さんも多いはず。大寶さんは、「そもそも子育てをどうして頼っていけないのか?」と問う。「保育園に預けられるなら、顔見知りの人にも預けられると思います。そして、『嫌だ』と抵抗する気持ちは誰のためのものなのか。自分がいやで子供を預けたくないのか、子どもがいやがっているのか。前者であれば、子育てシェアという選択肢、そして頼り合える人が近くにたくさんいることを知ってほしいです」。

子育てシェアが広がれば、もっとカジュアルに――美容師に行くから、ネイルしたいから、一息つきたいから――頼り合えるようになる。「親はこうあるべき、という強い先入観があって無理しているお母さんに対して『大丈夫』と言いたい。ママサポーターの活動を通じて子育てに光があると伝えていきたいです」。

託児サービスではなく、頼り合いサービスとして

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AsMama、そして子育てシェアの考え方を伝えるにはリアルの場が非常に大切だ。毎月交流会を重ね、場づくりをしてきた大寶さんは、「まだまだ発展途上」と振り返る。文京区だけでなく、豊島区や北区など近い地域とも連携して横とのつながりを広げていきたいと意気込む。ただ、活動当初はあちこちに顔を出しすぎて体が持たなくなったという苦い経験もあり、まずは最寄り駅のまわりから活動を根付かせるべく交流の輪を広げる。

子育てシェアのサービスはお互いが顔見知りでないと依頼できない仕組みのため、同じ地域のお母さんがつながる場が必要だ。単なる託児サービスであれば必ずしも顔見知りになる必要はないかもしれないが、子育てシェアは「(ご近所の)頼り合いサービス」だからこそ、顔見知りであることが重要な条件になっている。大寶さんが場づくりに力を注ぐのは、ひとりでできるサポートはとても小さいと気づいたからだ。

多くの人が頼り合う世界に向けて、その受け皿を広げていくことがママサポーターとしての当面の目標だという。交流会やサークル活動に顔を出し、少しずつ依頼者と支援者を増やす――。「互いに気兼ねをせず、それぞれのハッピーが実現できたらいい」。そんな子育てシェアの価値観を大寶さんがこれからも広めていく。

(文・佐藤慶一/写真・林直幸)