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2007年にフランス・パリでスタートした「Velib」を筆頭に、世界各国でサービス展開が進むバイクシェア。アメリカ・NYの「Citi Bike」、カナダ・モントリオールの「BIXI」、世界で初めて首都に誕生したと言われるデンマーク・コペンハーゲンの「Bycyklen」、クルマ文化が発達したことで逆に自転車のよさが見直されつつある中国の「公共自転車」など、今世紀に入って各地の都市で導入が続いています。その状況に後れをとっていた日本ですが、近年、通信系企業を母体とした新サービスがスタートしているのはご存知でしょうか?

今回は実際にNTTドコモグループの「ドコモバイクシェア」とソフトバンクグループの「OpenStreet」の代表の方にお話をうかがい、このサービスの日本での普及の可能性を考えます。

IoTによるデータ管理システムを活用したバイクシェアサービスの特徴/利点

バイクシェアとは、IoTを使ったデータ管理システムとクレジットや交通系ICカードによるオンライン決済機能を使った自転車シェアサービスのこと。指定の無人ステーションであればどこでも乗り降り可能で、自動車交通量の緩和や化石燃料の消費削減が期待できる交通サービスとして注目を集めています。日本では東京・表参道を中心とした「COGICOGI」などが存在しつつも、ステーション確保の初期費用の問題もあり本格的な普及には至っていませんでした。しかし近年では、専用のシステムで導入の初期費用を抑え、大手通信系企業ならではのGPSデータ管理で運営を行なう新たなサービスが登場しています。その代表が、NTTドコモ系列の「ドコモ・バイクシェア」とソフトバンク系列の「HELLO CYCLING」。それぞれの代表の方にサービスの特徴や開発秘話、今後の可能性や展望を訊きました。

バイクシェアサービスのパイオニア 「ドコモ・バイクシェア」

INTERVIEW:株式会社ドコモ・バイクシェア代表取締役社長 坪谷寿一氏

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――ドコモ・バイクシェアがはじまった経緯を教えていただけますか?

構築自体は2008年からスタートしたのですが、ひとつは非通信事業を考えるということですね。私は15年前にアメリカでZipcarを知ったのですが、当時はインターネットで予約して、カギは郵送で送られてくる形でした。当時ちょうどお財布携帯が広まった頃だったので、ITS(高度道路交通システム)をカーシェアリングの方面から実現できるのではないか、というアイディアを温めていたんです。それに加えて、非通信事業の中でも環境事業に興味があったことや、時の社長がパリのVelibの事例も見て「これをやろう」という話になったことが関係しています。ITSが環境事業と相まって自転車のシェアに落ち着いた形ですね。

――ドコモ・バイクシェアさんは日本におけるバイクシェアのパイオニアと言っていいと思いますが、電動アシスト自転車を使い、30分で150円という金額設定はどのようにされたのですか?

様々な場所での実証実験を通じて現在はこの形に落ち着きました。料金はヨーロッパのモデルも参考にしていますが、「月極駐輪場の価格を越えない」「コミュニティバスよりも安くする」など、様々なことを考慮しています。

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――現在千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、江東区、横浜市や仙台市、広島市で運用が開始されていますが、ユーザーの方からはどんな反響がありますか?

「自転車ってこんなに使えるんだ」という感想は共通していると思いますね。また、「平地だからアシストはいらない」と言われていた方が、実は大橋を渡るのに便利だったという感想をいただいたこともあります。これは現地で利用しなければ分からないことですね。とはいえ、バイクシェアは命を預かる事業でもあります。システムの問題はクリアされていますが、安心/安全な利用法を実現するためにも、それを「どんな環境で運用するか」を考えなければいけない。ヨーロッパでは「システムのインフラ」と「自転車に乗る環境のインフラ」が両輪になっていますが、自転車専用レーンも含めて日本はまだまだ国や自治体の方々と共に解決すべき問題が顕在化しているところだと思います。また、バイクシェアという会社名を名乗ってはいますが、一方で「Own=所有する」という考え方もありますよね。シェアをすることで所有欲が生まれることもあるわけですから、うちはホームでは所有して、アウェイではシェアすればいいと思っているんです。来年新しい自転車を出しますが、そこにも今まで本格導入をためらっていた新しい技術を搭載したいと思っています。それを気軽に利用していただくことで、利用者の方が「買おう」となればいい。ですから、使用する自転車自体も安かれ悪かれでいいという話ではなく、便利なものを使う必要があると思うのですよ。「物量系統をぶっ壊そう」ということでは決してなくて、その両輪を回すことが大事だと思います。10年近く取り組んできて、自転車メーカーの方々とも様々な議論をはじめているところです。

――ドコモ・バイクシェアさんは子供向けの自転車教室も開催されていますが、この辺りからもそういったスタンスが伝わってきます。

自分が自転車に初めて乗ったときのように、近所の公園で血まみれになったような思いをさせたくない、といいますか(笑)。自転車に乗ることの安全の基準や啓発活動を、まずは子供たちから進めていければと思っています。ある年齢で乗ることが出来ないと、その子はずっと自転車に乗れなくなってしまうこともありますよね。自転車に安全な状態で乗ることをサポートすることで、自転車文化自体が底上げされていくことも大切にしたいのです。

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▲ドコモ・バイクシェア サイトトップページ

――ドコモ・バイクシェアさんは近畿日本ツーリストさんなど旅行会社との提携で、東京オリンピック/パラリンピックに向けても力を入れられていますね。2020年に向けてはどんなことを考えておられますか?また、将来的なヴィジョンもあれば教えていただけると嬉しいです。

まずは、海外で普段バイクシェアを利用されている方にも恥ずかしくないサービスを構築していくことが重要です。さらに言うと、東京で自転車に乗るということがいかなるものかを考える必要があると思います。ある外国人の方に「海外では路地に入ると治安が悪いために、自転車で路地に行くと危険なケースもある。こんなに自転車で様々な場所に行ける国はなかなかないのでは。」と言われたことがあります。お互いがよけ合う文化も、なかなか海外ではあるものではありません。一方、クルマが走っている道路の真ん中に平気で出ていくといったケースも出てくるかもしれません。そういう意味でも、文化の中でどう考えていくかということが大切だと思いますね。また、自転車は大切にしていくつもりですが、それに限る必要はないと思っています。そうすることで、簡単に自転車に乗ることができない高齢の方や障がいのある方にも役立つものができるかもしれません。そうした様々なものを通して「人の移動を支えるツール」を充実させていきたいと思っています。また、将来的な技術革新の中で、ロボティクスとモビリティが融合し、自分の用途に合わせて変わるようなものも実現できれば良いですね。

「ドコモ・バイクシェア」

ソフトバンク系列のOpenStreetが展開する「HELLO CYCLING」

INTERVIEW:OpenStreet株式会社代表取締役:横井晃氏

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――まずは、自転車シェアリング「HELLO CYCLING」が始まったきっかけを教えていただけますか。

ソフトバンクグループは様々な企業を買収しているというイメージが強いかもしれませんが、実は社内から新しいアイディアを採用しボトムアップの新規事業にも取り組んでいます。OpenStreetもソフトバンクイノベンチャーという新規事業提案制度を通して設立されました。都心のビジネスマンの通勤時間は平均50分という調査があり、オリンピックで交通課題が問題視される中で新しい交通手段が求められています。移動の無駄を減らし、楽しみが少ない移動体験に新しい価値を作りたいと考えたのが始まりです。手軽な交通手段ですので、観光地では回遊性など地域経済にも貢献できると考えています。それを、ソフトバンクらしくIoTという領域で実現するのが「HELLO CYCLING」です。

――利用者にとって無駄を省いたシンプルさがこのサービスの特徴ですね。

4桁の暗証番号をディスプレイに入力するか、または予め登録した交通系ICカードをかざすだけでスマートロックが開錠します。カードは自転車に取り付けられているディスプレイで登録できますので手軽です。さらに2回目以降の利用では、スマホやwebからの事前の自転車の予約なしに、カードを自転車にピッとかざすだけで、利用できます。電車に乗るときのピッという感覚と同じですね。また、今後は「HELLO CYCLING」を「自転車に乗りたい!」という利用の喚起となる観光情報と連携していきたいと思っています。自転車はノーライセンスで利用できますし、5km圏内の移動には最適ですので、観光地などで面白い体験も提供していきたいですね。

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▲HELLO CYCLING サイトトップページ

――また、「HELLO CYCLING」は、専用のデバイスを自転車に取り付けるだけで導入できるため、使用する自転車を特定しないことや、事業者の方が値段を自由に決めることができる点も特徴的です。

自転車という補助交通インフラは「地域毎に適正なローカライズの在り方があるのではないか」という考え方に基づいています。例えば、ユニクロの店舗に行くと立地によって店舗作りが異なり、取り扱い商品が異なり、新聞などに織り込まれるチラシの雰囲気も全く異なります。各地域にマッチしたユーザーとの接点を工夫されているように思います。それと同じように、シェアサイクリングも展開されるエリアや立地特性に合わせて変化ができるように工夫しています。海沿いのベイサイドではスポーティーな自転車を、都市部や坂が多いエリアでは電動付きアシスト自転車など、地域の特性に合わせて最適な自転車選定をしてほしいと思っています。それを実現するために自転車に簡単に取り付けられるIoTデバイス(スマートロック)を開発しました。また、自転車は、各エリアに密着した自転車ショップで購入したり、あるいは放置自転車を活用することも可能です。各エリアの方々に主役になっていただき、自由な運用ができるシステムとするため日々改善を繰り返しています。一社による垂直展開ではなく、地域の強いパートナー企業と連携し『スイミー』的な群戦略が効いてくると、ユーザーにとっても便利な広域シェアサイクリングインフラができると思っています。

――現在中野区での運用がはじまったばかりですが、ユーザーからはどんな反響がありますか?

スマートロックから取得したGPS軌跡データを見ると、非常に広範囲に利用されていることが分かり、驚きました。また、中野区は南北に中央線と西部新宿線に挟まれたエリアで、その二線を繋ぐ交通はバスのみです。手軽に利用できる自転車が南北の移動に役立っているという点が新しい発見でした。良質なデータを集め、丁寧にデータを読み解くことで、地域交通に役立てられれば良いと思っていますし、地域密着型という点がユーザーに愛されるサービスになれると思っています。

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▲左:スマートロック&操作パネル 右:自転車予約画面

――最後に、「HELLO CYCLING」を通して実現したいヴィジョンを教えてください。

弊社のサービスというよりも自転車シェアリングの「文化」を作れればと思っています。例えば、トイレのマークを見れば、そこにトイレがあると分かるように、「HELLO CYCLING」のロゴを見れば、そこにシェアサイクリングが利用できるというピクトグラムになりたいですね。我々は各地に運営者の仲間を増やすことで、そのような世界観により早く辿りきたいと思っています。2020年の東京オリンピックが注目されていますが、サステイナブルな補助交通インフラをIoTを活用して構築していきたいと思っています。自転車と観光ガイドを合わせたサービスも面白いかもしれません。既存のレンタル自転車ショップと連携しても面白いかもしれません。たくさんやりたいことがありますが、ユーザーにも事業者にも愛される存在になれるように、まだまだたくさんやらなければならないことがありますね。

「HELLO CYCLING」 

公共性を重視して環境、安全性の向上や既存の自転車産業との相互扶助を図る「ドコモバイクシェア」と、各地域の事業者が生み出す多様性を地域文化の発展に繋げようとする「HELLO CYCLING」。どちらも公共インフラとしての利便性や自転車文化の普及を目指しながらも各社ならではの特徴・理念を持っているため、2つのサービスは競合するのではなく、共生することも可能かもしれません。その多様性こそが、自転車をより魅力的な公共インフラにしてくれるのではないでしょうか。

実際、地域やユーザーごとに利便性を感じるサービスは異なるはずで、サービス内容も企業によって様々。海外のサービスを見ても、コペンハーゲンではナビ機能によって観光客のガイド役を果たしたり、メルボルンでは無料の路面電車(トラム)との兼ね合いが考えられたりと、地域に合わせて様々な運用方法が模索されています。もちろん、日本での普及には、まだまだ課題も多いのが現状。急速なクルマ文化の発達に合わせて道路を整備した日本では自転車専用レーンをはじめとする交通整備にも高いハードルが存在します。とはいえ、欧米に比べて人口密度が高く、道路の総面積が少ない日本にとって、交通量の分散は大切な課題であり、バイクシェアは通勤/通学や観光をはじめとする「都市生活に密接にかかわるシェア」のひとつ。様々な企業が互いに競合しながら、クルマ、電車、バスとともに網の目のように都市の「足」をサポートすれば、人々の行動や都市生活そのものが、より豊かなものへと広がっていくのではないでしょうか。