前回ご紹介した通り「ブロックチェーンユニバーシティ」をハブとしながら、シリコンバレーではいくつものスタートアップがお互いを巻き込み合い、助け合うネットワークを形成している。

前編:技術的成長とハブ機能。起業家育成学校「ブロックチェーンユニバーシティ」とは? – ブロックチェーンが引き起こす「巻き込み型」イノベーションの猛威

しかし、本当に大きな「巻き込み型」イノベーションは、スタートアップが大企業間の音頭取りとなり、従来では考えられないような大きな影響力を短期で発揮するところに存在している。

今回の後編では、ブロックチェーンサミットに登壇する「R3CEV」や「Skuchain」が作り上げようとしている“コンソーシアム”の話や、ヨーロッパで起こる「巻き込み型」イノベーションについて書いていく。さらに、日本で実現可能な「巻き込み型」イノベーションの可能性も模索していってみたい。

対立から共創へ。スタートアップが大企業と共に世界を変える

スタートアップが大企業を打ち破るというストーリーは、いつ聞いてもはらはらするし、引き込まれる何かがある。破壊的イノベーションを起こそうと、今でもあらゆる起業家が挑戦し続けていることは確かである。

従来のスタートアップでは、大企業には出来ないスタートアップならではの俊敏性を活かし、新しい市場や既存市場のパイを取りに行く動きが多い。大企業とスタートアップがコラボレーションして事業を進めるというよりは、パイの取り合いをし、互い別々に動いている。もちろん、最近ではスタートアップと大企業のコラボレーションも散見され始めているが。

“Hiroshima City” by Freedom II Andres, color modified ( https://www.flickr.com/freedomiiphotography/ )

“Hiroshima City” by Freedom II Andres, color modified ( https://www.flickr.com/freedomiiphotography/ )

時代は“プロダクトファースト”から“ネットワークファースト”へ

しかし、ブロックチェーンのスタートアップは現在のところ様相が少し異なる。

例えば、「R3CEV」が金融機関約30社と提携を結んだ話は既知の通りだと思う。複数の金融機関がネットワークを作ることによって生まれる信用の下に、いわゆる“プライベートチェーン”と呼ばれる透明性の著しく高い取引基盤を作ろうとしているスタートアップだ。プライベートチェーンというより、個人的には“ネットワークチェーン”と言ったほうがわかりやすいだろう。

この動きの特徴は、ブロックチェーンという技術を基盤に、スタートアップと大企業がコラボレーションする点にある。スタートアップと大企業が対立するのではなく、同じ目標を達成しようと“共創”していくのだ。

これはブロックチェーン技術ならではの動きだ。なぜなら、そもそもブロックチェーンという技術が今もなお開発中であり、ネットワークの信用を使うだけに特定の金融機関がリードすることもできないからである。

俊敏性の高いスタートアップが、金融機関を破壊するのではなく、むしろそれらを巻き込むことで、金融機関全体にイノベーションを起こす触媒として働く。共創することで世の中に新しいインパクトをもたらす可能性を増幅させているのである。

拡がる共創の動き。金融のみならず、物流も

ネットワークチェーンと透明な取引ということであれば金銭(金融)だけにとどまらない。いわゆるデジタルデータ全般が対象になるのだ。たとえば、「SKUCHAIN」は物流面における信用の確保を目的として、流通業から製造業に至るまで「Blockice」という別組織を基にネットワークを築いている。ブロックチェーンはいわゆる「フィンテック」の枠を大きく超えている。

シリコンバレーのみならず、ヨーロッパでも起こる「巻き込み型」イノベーション

https://tierion.com/

この動きは、ヨーロッパでも見られている。世界最大級の電機・家電製品のメーカーで、オランダ・アムステルダムに本拠を置く「Philips(フィリップス)」である。医療機器メーカーとしても知られるこの大企業が、ブロックチェーンスタートアップと共創し、“透明な医療データベース”を作る実験を開始している。

ブロックチェーン技術を提供する「Tierion」は、ブロックチェーン上で行われたビットコインの取引データ照会や、メールやソーシャルメディア情報などのオンライデータやPCファイルに照合可能なデータを付与し、あとから管理・閲覧できるサービスを提供しているスタートアップである。

フィリップスとのコラボレーションに関しては、2016に詳細を発表すると伝えられており、こういった大企業とスタートアップの共創がますます進むのは間違いないだろう。(※『Tierion and Philips Bring Blockchain Technology To Healthcare Sector』

今後の展開?そして日本は?

ネットワークチェーンの動きはまだ始まったばかりである。3,4年で完成するかもしれないし、10年かかるかもしれない。しかし、各業界で取引の透明性が担保され始め、消費者が透明取引を期待してものを売買するようになる世界が、もう目の前に来ていると言っても過言ではない。

もしかしたらこれによって、より包括的なビットコインを積極的に利用とする動きが出てくるかもしれない。また、今まで過小評価されてきた権利関係に紐づく、見えにくい価値や個人が特にテック系大企業に提供している価値、あるいは今まででは切り捨てられていた非常にミクロな価値の存在に気付き始めるようになるかもしれない。

今後のコラムでおいおい書いていきたいが、いずれにしても今ビットコインを中心に議論が起こっている完全な分散型経済は、このネットワークチェーンの一定の普及の後にやってくるのは十分確からしいと言えるだろう。

“Bitcoin Chain” by BTC Keychain, color modified ( https://www.flickr.com/btckeychain/ )

“Bitcoin Chain” by BTC Keychain, color modified ( https://www.flickr.com/btckeychain/ )

日本も負けてはいられない。欧米企業のネットワークの力は非常に強いが、日本企業もいち早くブロックチェーンを使って実験をし始めることと、ここにおいては競合と共創する体制を作ることがとにかく重要であると個人的には感じている。

2015年12月16日に発表された、住信SBIネット銀行とNRIの「ブロックチェーンの銀行業務向け実証実験」など、日本でもブロックチェーン技術を使った動きも出始めており、非常に楽しみだ。(※『住信SBIネット銀とNRI、ブロックチェーンの銀行業務向け実証実験を開始』

ブロックチェーンをベースとし、「大企業&スタートアップ」や「法人&個人」などの垣根を越えた、新しい動きにこれからも注目していきたい。