外出自粛、テレワーク、オンライン会議やZoom授業……。コロナ禍で急速に社会にインストールされ始めてきた、これらの新しい生活様式( New Normal )。そこで、「生活と密接な関係にあるさまざまなシェアリングエコミーサービスは次世代の常識になっていくのか」というテーマで、弁護士らが法律の観点から紐解いていく新連載がスタートします。第一回は、株式会社スペースマーケットGC(ジェネラルカウンセル)で弁護士の石原遥平さんです。
__経済概念の変革期と シェアリングエコノミー
「モノ消費からコト消費へ」と言われるようになって久しい。若者のクルマ離れもその一つの現れであるが、人々は、モノの所有にこだわるのではなく、必要な都度利用することで足りるという思考・行動パターンに移り変わってきているといわれている。すなわち、経済が成熟し、世の中にモノがあふれている状態になったことから、20世紀において支配的だった「所有し、消費し、新たなモノが生まれればまた所有する」というという価値観から、ミニマリストと言われる、必要最低限のモノは所有するがそれ以外は固定された住居すら持たないアドレスホッパー的な「持たない暮らし」という新しい価値観が生まれ、広がり始めているというのである。そのような時代の流れに呼応するように、自動車や家具・家電は所有せず必要な時に必要な時間・期間のみ近所の個人やそれを束ねるプラットフォームから借りたり、モノを媒介したサービス・体験やモノの利用に対して人々は対価を払うシェアリングエコノミーという概念(モノ・サービスの共有を仲介するサービスや、これらによって成り立つ経済の仕組み)が注目を集め、政府の成長戦略にもここ数年連続して掲げられるようになった。シェアリングエコノミーの定義については様々な議論があるところであり、人々が働くということについて企業等の組織に所属するのではなく、いわゆる「フリーランス」の立場で、インターネットを利用してその都度単発又は短期の仕事を受注するという働き方やこれらによって成り立つ経済の仕組みは「ギグエコノミー」とも呼ばれ、欧州などではシェアリングエコノミーと同義的な言葉として「サーキュラーエコノミー」(SDGsなど環境問題の課題解決のソリューションとして光を当てている側面が強い)などと呼ばれることがある。
シェアリングエコノミーが盛り上がった背景としては、ソーシャルメディア(利用者の発信した情報や利用者間のつながりによってコンテンツを作り出す要素を持ったWebサイトやネットサービスなど)の発達と、スマートフォンをはじめとするIT機器の急激な普及が挙げられる。シェアリングエコノミーの“肝”ともいわれるレーティングシステムが構築され、これまで他人間で取引をすることに対する心理的ハードルや物理的な障害があったところを、他人間でも一定の信頼感や安心感を可視化することが出来たこと、そしてIT機器の普及により空間、モノ、人、お金など有形・無形問わず様々なものがリアルタイムにつながることで取引を促進するとともに、GPSシステム(位置情報)や決済システムも構築されて取引の利便性が飛躍的に高まったことが大きな要因と言われている。
なぜここまで注目を集めたかといえば、新たな需要を掘り起こすと同時に、既存のビジネスを代替し市場に劇的な変化をもたらす 「破壊的イノベーション」の代表格だと考えられたからである。AirbnbやUberに代表されるプラットフォーマーは 世界全体で市場規模を拡大し続けており、中国でも(急成長とその後の急激な衰退も指摘されているものの)市場の重要な一角を占めるに至っており、国内の市場規模もいずれも大きな成長が予測されている(平成30年度版情報通信白書(総務省)、シェアリングエコノミー市場調査 2018年版(一般社団法人シェアリングエコノミー協会・株式会社情報通信総合研究所(ICR))等)。
__COVID-19 の影響~所有への揺り戻しと急速なオンライン化~
ところが、世界中を巻き込んだ新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響により、このパラダイムシフトに揺り戻しが起きていると指摘されている。確かに、他者とモノを共有すると、当該モノを介してウィルスに感染するリスクがあることを考えると、どうしても「人とモノをシェアするのは危険ではないか」という考えになりうるし、実際の感染リスクは度外視したとしても、ここまで半強制的にSTAY HOMEを続けていると、他者と触れ合う機会自体が減り、心情的に「シェア」を避けたくなるということは一定の合理性があるようにも思える。では、コト消費からモノ消費へ、つまり、自分で自動車や家具・家電などを自分で「所有」することが合理的だということになり、かつての世界に立ち戻ってしまうのか。
しかし、そのような単純な話ではないと考える。新型コロナウイルス感染症の蔓延で緊急事態宣言が発令され、外出の自粛、テレワークの推奨などがなされ、zoomなどのテレビ会議システムを使ったミーティングや大学の講義が当たり前になった。従前からスタートアップにとっては進めていたオンライン化が、急速に社会にインストールされ始めてきており、新しい生活様式(New Normal)とも言われる次世代の常識になっていく。これによって、経済と情報の中心だった東京に高い賃料を払い続けている意味を再度見直す人が出てきたり、女性や小さい子どもを抱えるビジネスパーソンの活躍の機会が加速度的に増加する。そして、このパラダイムシフトは、ミニマリスト的な価値観に振り切るのか、かつての世界に戻るのか、という0か100かというものではなく、個々人が自分自身の生活と幸せを見つめなおし、ポートフォリオを組み直した上で、本当に必要なモノについては所有し、それ以外についてはシェアで対応するという、時代に最適化された世界として到来すると考える。
シェアリングエコノミーの業界の中でも、観光業や対面型のサービスを前提とする業界にとっては存続の危機に陥る程の大きな影響を受けていることは事実である。しかし、元々、社会課題を解決しようとして立ち上がってきたビジネスであり、何度もピポッドといわれる事業の変更や新規事業を生み出し続けて非連続の成長を志向するスタートアップにとっては、まさに今こそ社会に変革を起こすチャンス。このチャンスをシェアリングエコノミー2.0への途と捉えられるかが今試されている。そして、それはプラットフォーマーだけでなく、我々ユーザー側の個人の「幸せ」や「豊かさ」を定義し直す時が(半ば強制的に)訪れたと考えるべきであろう。
__課題解決方法の選択肢
また、シェアリングエコノミーの隆盛の陰で、従前から解決しなければならない課題として数多くの問題点が指摘されていた。日本・⽶国・英国・ドイツ等の各1,000人のモニターを対象にしたアンケート調査(平成28年版情報通信白書)によれば、日本人のシェアリングエコノミーの認知度や利用意向、利用率が諸外国の国民に比べて総じて低く、中でも、「事故やトラブル時の対応に不安があるから」という理由をシェアリングエコノミーのデメリット・利用したくない理由として挙げる比率が著しく高かった。
また、2017年5月にPwCコンサルティング合同会社が実施した「国内シェアリングエコノミーに関する意識調査 2017」 によれば、「⾏政による規制やルールの整備・強化が必要である」と回答した⼈が半数を超え、2018年、2019年の継続調査でも最も多くの人が「事故やトラブル時の対応」を懸念事項として指摘していた。
国民が抱くこの「不安感」をいかにして取り除き、国内にシェアリングエコノミーを浸透させていくためにはどうしたら良いのだろうか。この課題解決に向けた施策がコロナ禍の中で、時代に合わせたルールメイキングが今まさに求められていると考える。具体的な選択肢としては、法改正、国家戦略特別区域法(平成25年法律第107号)に基づく規制撤廃、産業競争⼒強化法(平成25年法律第98号)に基づくグレーゾーン解消制度・新事業特例制度、生産性向上特別措置法(平成30年法律第25号)に基づく規制のサンドボックス制度(いわゆるレギュラトリーサンドボックス制度)の利用などが挙げられるが、いずれも、一定のタイムラグが生じざるを得ず、その間にビジネス自体が変容してしまうおそれがある。
そこで、自主規制の柔軟性を活かしつつ政府の示すガイドライン等によりリスクを最小化し、現時点で一義的な回答や線引きが困難な問題に対応することができる、いわゆる「共同規制」と呼ばれるハイブリッドなソフトローによるアプローチとして、一般社団法人シェアリングエコノミー協会は2017年6月からシェアリングエコノミー認証制度を開始するなど、新たなルールメイキングの在り方を模索している。認証審査は、外部の有識者を集めた委員会が客観的に行って認証の価値を担保し、目まぐるしく変化する事業環境に合わせてルールの内容や政府の関与度合いを随時変更・修正している。
__最後に
シェアリングエコノミー をはじめ、AI、自動運転車、ブロックチェーン、ドローン、宇宙ビジネス、仮想通貨などの今話題の新たな産業は、日々科学技術は進歩し、新たな課題に直面し続けている。そのような中で、どのように事業者を規律し、利用者の安全安心を担保しつつ、ビジネスを拡大させるのか。また、日々急速に進化する海外発の新たなサービスやビジネスに世界の市場を独占されてしまう前に、いかにして日本発のサービスが世界で戦うことができるように環境を整えることができるのか。共同規制アプローチも含め、それぞれのビジネスの特性に合わせたルールメイキングのメニューを適切に選択し、イノベーションを阻害することなく、むしろ加速させなければならない。
シェアリングエコノミーの分野に限らず、これまでは工業標準として活用されていた国際標準がサービスやマネジメントシステムの分野に広がってきたことを受けて、日本におけるルールを国際標準化する動きが加速しているところであり、現代は、世界を巻き込んだ大きなルールメイキングのうねりの中にある。
イノベーションは「既存フレームワークの外で」起きるといわれており、「既存の産業構造を180度転換しようとするシェアリングエコノミーは」「イノベーションの典型例」とも指摘されている。このような時代においては、「法律を妄信的に守るのではなく、創造的に法解釈を行い」(齋藤貴弘『ルールメイキング』学芸出版社 2019)、さらに「ルールを超えていく」(水野祐著『法のデザイン』フィルムアート社 2017)、つまり、ルールを一方的に破るのではなく、ルールを主体的に考え、分析し、ルールメイクの場面に関わり、ルールそのものを生かしていく、そして我々自身の手で New Normal を創っていくという姿勢が、これからの時代を生きる者として必要とされているのではないか。