2017年5月、渋谷に登場した新たな共同コミュニティ『Cift』には、多くのクリエイターが共同生活を送りながら、それぞれの活動を行っています。ともに暮らすことで、どのような化学変化が生じているのでしょうか。この先進的な試みに参加するクリエイター、映像作家兼木こりという肩書を持つ河村和紀さんと、同じく映像作家として活躍している柳明菜さんのお二人にお話を伺いました。

映像作家兼木こり 河村和紀さん

――まずは河村さんにお聞きします。“映像作家兼木こり”という肩書を拝見したのですが、一体、どのようなお仕事をされているのでしょうか。
河村 : 映像作家として独立する以前の話ですが、アシスタント時代に知的障がい者施設のドキュメンタリーを撮影しました。そのときに自分の中で大きな価値変動が起こりました。独立してからは、何かに吸い寄せられるようにソーシャルフィールド寄りの仕事を中心に取り組むようになり、その中で森林再生の活動を行っているNPOと出会いました。皮むき間伐という変わった方法なのですが、その活動に共感し、そこから僕なりのサポート活動がはじまったわけです。そこから去年、森と踊る株式会社をメンバーで起業しました。“きこり”というのは、森を守りながら自分の生業を立てている人のことを指す言葉ですが、僕らは放置されている森を対象に、“皮むき間伐”という手法で森を整えています。この“皮むき間伐”は誰でも簡単に行うことができる作業なので、子どもから大人まで、たくさんの人に森と触れ合う機会を提供することができています。そして間伐によって得た材木を必要な場所へと供給しています。

森と踊る 株式会社

森と踊る株式会社

――Ciftに参加するようになったきっかけを教えてください。
河村 : もともと、藤代さんとはTEDxTokyoなど、Ciftではないコミュニティで一緒に活動をしていました。映像を制作しているとどうしても、客観的に伝える者の使命として“客体”の立場として現場に向き合わなければなりません。ところが、あらゆる社会課題を解決しようしているコミュニティへの取材を重ねているうちに、どうしても客体でなく、主体的に関わっていきたいと強く思うようになりました。僕が積極的にいくつものコミュニティに参加していた理由はそこにあります。そして今回、藤代さんから“クリエイターのみを集め、共同生活を送る”というコンセプトを持つCiftについて話を聞いたときに、ここに参加することに抵抗はありませんでした。というより、やりたかったけどやれてなかったことができるかも、という好奇心を刺激されました。

――ここに住むようになってから2ヶ月が経過しましたが、生活スタイルは大きく変化しましたか?
河村 : そうですね。生活がコンパクトになったような気がします。以前は横浜に住んでいたのですが、渋谷に拠点を置くことでクライアントの多い都内への移動時間も大幅に減りましたし、場合によってはここに来ていただいて打ち合わせができるようになりました。移動時間が省かれると昼や夜の食事をじっくり自炊したりと、動きも時間もコンパクトになって、時間にも気持ちにも余裕が生まれるようになった気がします。

――Ciftに参加してみて、率直な感想をお聞かせください。
河村 : 世の中にあるコワーキングスペースはすでに飽和状態にあると思っていて、今のデザインではなかなか新しいシナプスのようなものは生まれないと感じています。Ciftは、ただ色々な職種の人が集まっているコワーキングスペースと違って、“共に暮らす”というコンセプトのもとでメンバーが集まっているので、協業する意味合いがもっと深いというか、結果的にシンプルに生まれるなと感じています。一緒に暮らしているから、信頼関係というか“つながり方”の度合いがまったく違う。何かを一緒にやっていくということに対しても誰もが能動的だし、そうなると深みも違ってきますよね。

――ご自身のお仕事への影響度はいかがですか。何か実感していることはありますか。
河村 : 実は僕自身、ここで一番キャリアの長い映像を作ることをメインにやりたいかというとそうわけではありません。Ciftの方向性とも合致するのですが、これまで自分がやってみたかったけれどもなかなかできなかったことを試していきたいと思っているんです。例えば、この間は、ここで手づくりの味噌を作りました。この渋谷のど真ん中という都市で、様々な速度が速い中で手間暇かけるようなことをあえてやってみる。今までの都市の価値に必要がなさそうな体験を積み重ねていくことで、都市での新しい価値創造に繋げていければと思っています。

――今後に期待していることは?
河村 : まだまだ始まったばかりだから十分に感じているのかもしれませんが、先日メンバー数人でダイアログをした中で印象的だったのが「もっとメンバー全員が“Ciftというコミュニティを味わったらいいのに」という言葉がしっくりきています。もっと日々の中で「Ciftを楽しもう」という能動的な動きが出てくると、もっともっと伝えられるものが生まれるんじゃないかなと感じています。

――続いて、柳さんにお聞きします。まずは現在のご自身の活動内容からお聞かせください。
: 企業CMやPR映像の制作といったクライアントワークを手掛ける一方で、ショートムービーや映画の準備を進めるなど、映像作家としての活動も同時に進めています。これまではカメラからシナリオ、作曲まですべてワンマンで制作するというスタイルでやってきましたが、最近は人を巻き込めば巻き込むほど面白い作品ができるということがわかり、まず“何を作るか?”ではなく、“誰と作るか?”といった観点から、色々な方々とのコラボレーションを楽しんでいます。

映像作家 柳明菜さん

――作家としては、主にどのような作品作りに打ち込んでいらっしゃるのですか。
: 私が現在、ライフワークとして取り組んでいるのが、“クロスオーバー・フィクション”というジャンル。まだ見ぬ未来を映画で描くだけでなく、それを社会現象として実現させていくというものです。この手法については、私が大学生のときに“世界を変える”というテーマでソーシャルビジネスを学んでいたときに着想が生まれました。教授から、「世界を変えるためには、自分が好きなものでなくては変えることができない」と教わり、小さなころから好きだった映像表現で世界を変えようと考えたのがきっかけとなりました。

――Ciftに参加するようになったきっかけを教えてください。
: Ciftを知ったのは、現在、南伊豆で進めている“クロスオーバー・フィクション”のプロデューサーの紹介から。私の企画を話したら、「面白いコミュニティがあるから会ってみたら」といわれたのがきっかけでした。何の予備知識もなしに藤代さんとお会いして話を聞いて一気に魅了され、すぐに参加しようと思いました。決め手になったのは、“40人の家族ができる”ということ。大切な人が40人もできるのって最高じゃないですか。寂しくないし、「お帰り」って言ってくれて、ごはんが出てくるのって最高。本当は私も手伝わなくてはいけないのですけれど(笑)。とにかく、今はここが私にとって“帰ってきたい場所”になっています。

――柳さんにとっての家族の定義とは?
: 家族だから助け合うし、信頼しあうし、共に働き、共に生きる。そういうのってすごく素敵ですよね。ここに参加している人は“みんな家族”という前提があるから、今、一緒に住んでいる人だけでなく、これから合流する人だって、もう無条件にみんな信じるし、SOSがきたら助けるし、こちらからも頼る。家族だから、相手を探るようなこともしませんからね。

――ここで生活を始めてから、何かクリエイティブな部分で生まれたものはありますか。
: 生まれまくりだと思います。何か創り出すのって思想と哲学がベースにあって、それがここには40個分もあるのですから、自分の幅が一気に広がります。映画の作り方も、働き方も変わる。そういう変化は、自分が描くものに直接影響を及ぼすのではないかと思うんですよね。先ほど、“クロスオーバー・フィクション”のお話をしましたが、Ciftのメンバーだったら誰とでもいっしょに作ることができるような気がしています。誰がやっているプロジェクトにもハマる自信はあります。そういった刺激的な場所である一方で、単純にここは日常なので、とにかく、いつも楽しく笑って過ごしていけたらいいなと思っています。

――映像で世界を変えることはできそうですか?
: 映像は10人に見せると10人がある程度同じイメージを持つことができる、より多くの人と共有するのに最適な表現手段ですよね。しかも、現在はそれをインターネットを通じて世界中に配信することができる。だから本当に“世界を変える”可能性を持っていると思います。40人もの素晴らしい家族を得ましたし、志は高いので、あとは自分の力量が追い付けば、もっと面白いことができると思っています。

Photo by Niko Lanzuisi

Cift 藤代健介さん(左) 石山アンジュさん(右)
この記事の登場人物
  • 河村和紀さん
    1977年、神奈川県生まれ。TV・CMの映像制作を経て、映像ディレクターとしてNPOや社会起業家などのソーシャルフィールドを中心に活動。「都市と地方を行き来する」をテーマに一般社団法人ヤマイエヒトを起業し、新潟県十日町市にカフェ&ドミトリー「山ノ家」をオープン。されに、新たな林業の可能性を提案する森と踊る株式会社や、「生きるを革命する」をテーマとした株式会社REVorgを創業。恵比寿文化祭の立上げや、アースデイ東京にも関わるなど、一貫して地域課題に対して主体的に関わる活動を続けている。
  • 柳明菜さん
    1983年、愛知県生まれ。アメリカの高校在学中の2001年に短編映画でバッカフィルムフェスティバルのオハイオ州優秀賞を受賞。同年に帰国後、テレビ番組「ASAYAN」の「女流カメラマンオーディション」でグランプリを受賞し、写真家としての活動を開始する。 慶應義塾大学在学中に、社会起業家のゼミ合宿で八丈島の地域貢献の研究を通じて映画作りに目覚め、八丈島を舞台にした劇場用長編映画『今日という日が最後なら、』は2008年にロードショーを果たす。女優、脚本家、監督として活躍している。現在、2児の母でもある。
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