ケータリング作家として活躍する細川芙美さん。「collection humi hosokawa」というブランドにて展開するケータリング料理とお弁当が、その“美味しさ”とフォトジェニックなスタイリングにより、多くのファンから熱狂的な支持を集めている。その躍進の裏には、“思い立ったらすぐ”の行動力がありました。“ご近所お手伝い”というコンセプトを掲げるシェアサービス「ANYTIMES」を活用しながら自らの夢を具現化していった、その道のりを前編と後編に渡ってご紹介します。

――まずは、現在、細川さんが展開する事業の概要から教えてください。
ひとことでいえば、ケータリングとお弁当の宅配サービスです。現在、メインとなっているのは雑誌やCMの撮影現場にお届けするお弁当、いわゆる“ロケ弁”ですね。モデルさんのテンションがアガるようなカワイイお弁当や、現場で頑張る男性スタッフが満足するような“ガッツリ系”など、様々なニーズにお応えできるお弁当をご用意。車を運転して配達するところまで自分一人でこなしています。

――すごいですね!元々は、レストランでご勤務されていたとか。
そうです。名古屋にあるレストランの厨房で働いていました。そこは結婚式の披露宴で利用されるような、いわゆる“大箱”のお店。大型の厨房を持つお店では、ほとんどがそうなのですが、シェフが絶対的な力を持つ男性社会。料理は好きだったのですが、この先、自分の将来を考えたとき、“このままでいいのかな?”という不安が脳裏をよぎりました。結局、この厨房で経験を重ねて偉くなっていくか、あるいは独立して自分でお店を構えるか、そのどちらかの選択しかない…私は、そのどちらも嫌だなと思ったのですね。自分の気持ちのやり場がないというか、目標を持てない仕事を続けていくことに意味を感じなくなり、“やりたくないことはしないでおこう”と思って、退職することにしたのです。

――次はどうしよう?みたいな計画はあったのですか?
いえいえ。そのまま後先も考えず、東京に出てきちゃったんですよ。根拠もないのに、東京に行けば何とかなるだろうと、住む家も決めないまま、荷物をまとめてきちゃいました。一度、これだ!という考えが舞い降りてきたら、すぐに実行しちゃうタイプなので(笑)。とはいえ、まったく何も考えていなかったわけでなく、漠然としたイメージというか、自分自身のテーマみたいなものは設けていましたよ。名古屋のレストランでは、厨房で働くことの意味を見失ってはいましたが、性格的に何かを目指していないと気が済まない。ずっとひとつのことを続けていったり、一番になったりしなければ中途半端になるとわかっていたので、とにかく一流の店を見てみたいと考えたのです。先のことはそれから考えようと。それで誰もが知っている星付きのフレンチの名店にアルバイトで入って、サービスの仕事をさせてもらったのですね。

――あえてサービスの仕事を?厨房には入らなかったのですか?
はい。厨房にはあえて入らないようにしたのです。もちろん、作り手として厨房に入ったら、そこで少なくとも数年の修行をしなければ一人前にはなれないですから、次のステップに進むために必要な何かのヒントを得るには時間がかかりすぎます。元々、厨房にいるとお客様の表情が見えないことに不満を感じていましたし、サービススタッフだったら厨房の流れも外から見ることができるし、お客様の表情も見ることができて一石二鳥だという、そんな感覚でしたね。

――次のステップは、どのようにして見つけられたのですか?
ひとまず、“一流店で働いてみたい”という目標は達成することができました。じゃあ、次の目標はどうしようと、料理系の書物を読み漁ったり、WEBで検索して、“自分には何ができるか?”を模索していました。そうしたら、また舞い降りてきちゃったんですよ(笑)。美容院でファッション雑誌をパラパラめくっていたら、そこに「ケータリング特集」が掲載されていて、すっごくカッコいいわけですよ。なんだ、これは?まずは知りたいという気持ちが先に立って、すぐにその作家先生に連絡を入れたんです。まずはお会いしたいって。先生も「そんな若者がいるなんて面白い!」と興味をもってくださって、すぐにお会いいただき、そのままアシスタントとしてご採用いただいたのです。その先生は雑誌のスタイリングやTV番組のフードコーディネートまで手広く手がけられている方で、そういった現場にご一緒させていただくようになりました。

――すごい行動力ですね。その時点で、ケータリングで生きていきたいと思ったのですか?
と、いうより、これが将来の仕事になるかわからないけれど、とにかく楽しくって、吸収できることはすべて吸収したい!っていう気持ちが強かったですね。これまでは、調理師学校を出て、みんなと同じようにレストランに勤務して、みんなと同じように転職したり独立する道を模索したり…と、みんなの中のひとりとして自分の道を選ぶしかなかった、そんな環境になったのが、はじめて自分ひとりで、自分の意思で自分が進みたいと思う道を選択できたような気がして、だからもう、とにかく、やりたい!という気持ちが先行していました。ところが、現場のアシスタントの仕事って、急に決まることが多いんですよね。極端な話、「明日いける?」とか、そんなレベル。そうなると、もうシフト制のアルバイトなんてできないのですよ。かといって、アシスタントの仕事だけで生計を立てることは難しい…。もうニート状態でした。貯金を切り崩しながら暮らしていて、世間に取り残されたような気持になっていました。「夢がある」とか、「やりたいことをやっている」といっても、ちゃんと生活を支えるお金が作れていない…。このままではいけない、お金をつくる手段を考えなくてはとネットサーフィンをしまくって出会ったのが「ANYTIMES」でした。(後半へ続く)

Photo by Niko Lanzuisi

この記事の登場人物
  • 細川芙美さん
    ケータリング作家として活躍する細川芙美さん
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