託児所問題はワーママにとって誰しも頭の痛い課題。近年、子育てシェアサービスが企業や自治体などと協力して派生していく中で、新しいスタイルの子育てサービスが登場してきている。今回、取材に訪れたのは若者や観光客で賑わう原宿の喧騒にほど近い場所にある託児所「tsubura」。施設の業務全般と子供を預ける利用者をサポートするシステム「tsubura.net」の導入や、煩雑になりがちな保育士の業務をサポートし、利用者とのコミュニケーションにも役立つApple Watchの利用など、ITの導入が遅れがちな保育業界の現場においてイノベーションを起こしている。原宿や表参道に近いことを忘れさせる閑静な環境と、子どもたちの様子も見える開放的なスペースに伺い、「tsubura」を運営する株式会社Vanira代表の山内直子さんと営業担当の木村絵里子さんに、その試みについてお話を聞いた。

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「tsubura」を運営する株式会社Vanira代表の山内直子さん(写真右)と営業担当の木村絵里子さん(写真左)

表参道・原宿の街の託児所「tsubura」が取り組む“ナーサリー・シェアリング・サービス”とは?

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——まず「tsubura」誕生のきっかけと託児所としての特徴を聞かせてください。

山内:まずあの男の子たち二人が私たちの子どもで(笑)、自分たちの子育ての経験を生かしつつ、自分たちが働ける場を作りたかったというのがあります。また、以前私はIT関係、木村は広告関係で仕事をしていました。そこで自分たちが求めるサービスを自分の職能を生かして形にしていきたいと思ったんです。

木村:私は広告・イベント業に携わっていました。

山内:託児をベースにしたのは、この子達と一緒に成長していける職場を作りたいという想いから。基本的には自分たちの得意な分野で働いていこうと思っているので、託児所っていうものをベースにしながら、私であったらITを掛け算していければ面白い託児所が出来上がるかなと。ずっと保育の仕事をしてきた、というよりは、別のことが得意だけども子どもと関わっている方、そういうタレント性のある方を集めて、会社として保育事業を面白くしていきたいなと思っています。

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——山内さんの経験から、理想的な託児所がなかったということですか?

山内:というよりは、今まで保育所って子供とか保育に関わっている方が中心になってやってきた業界だと思うので、違う業界の知見を取り入れることで全く新しいサービスを創造できるんじゃないかなっていう考えがありました。 “表参道・原宿の街の託児所”って位置づけで、私たちは「ナーサリー・シェアリング・サービス」って呼んでるんですけど、託児サービスを取り入れて店舗のサービスとして持ちませんか?という、パートナー提携をさせていただいています。

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——パートナー提携とは具体的にどういう仕組みになっているのですか?

木村:提携したパートナー店舗をお客様がご利用される場合は、1時間500円でお子様をお預かりしています。この辺だと、お子さんを預けるだけでだいたい2000円を超えてきて、プラス当日の保険料やおむつ、ごはん、おやつ代などが必要になってしまうので、ちょっと美容室行きたいだけなのに託児料の方が高くついたりするんですよね。なので、500円で託児サービスを受けられるようにして、足りない保育料の一部は提携してる店舗さんからいただく、という仕組みです。

山内:店舗さんとしては、そのサービスがあることで新規にお客様を呼び込めたり、既存のお客様が出産を機に離れてしまうのを防ぐサービスに充てていただいて、理想としては、表参道・原宿エリアのお店はどこに入っても託児サービスが使えるよね、みたいなところに持っていきたいんですよね。ちょっとお茶飲みたいとか、最終的にはバーゲンに行きたいとか、病院にかかりたい時とか、そこのお店は託児サービスないの?って言えるぐらいに常識的なところに持っていきたいんですけど、まだまだ滑り出し中、駆け出しっていうところです(笑)。

——2〜3時間、自分の時間を作りたいお母さんは多いんですか?

山内:そうですね。実際、2〜3時間自分の時間を作ることがすごい手間だと思うんですよ。託児所と目的の場所があればそちらの予約をとって、当日ミルクやオムツや着替えを用意して大荷物で託児所に連れて行く。もうちょっと手軽に自分の時間が作れるような場を提供できないかなと。そんな時にtsuburaならフラッと当日来てもお子さんを預けていただけます。

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——どのご家庭もなかなか託児所に入れないという状況がありますね。

山内:託児所に入れなくて、家で子どもとふたりきりになってしまう方の気晴らしになればなと。そういう待機児童の解決は私たちの規模では無理なので・・・。待機児童の預かりって、例えば1人の保育士が3人までしか見れなくて、2人体制でやっても救えるお母さんは6人なんです。けど、今のtsuburaのスタイルで、一時預かりでお母さんを少しの時間でも解放してあげるっていう支え方であれば、年に1万人ぐらい救えるかもしれないんです。

——利用者のお母さんたちからはどういう声が多いですか?

山内:「助かります」って言ってくださるお客様は結構いらっしゃいますね。やっぱりさっき木村が言ってたように、どこの託児サービスを受けても、倍ぐらいの金額になっちゃうんですよね。それに、子供を預けて自分の時間を作ることに後ろめたさを感じる方も多くて。そこで、こういう提携店舗サービスがあるから使ってみようっていうアプローチであれば、そこまで後ろめたくないみたいです。例えば6000円のカットに行くのに、6000円の手数料払って預けると何となく旦那さんに悪いなとか(笑)、お子さんにも申し訳ないなとか。

では、実際の利用者から見たtsuburaの良さはなんだろう?昨年11月からこのサービスを使っているという会員番号5番(!)というワーママのタグチさんの実感をお聞きした。ちなみに当初は平日の利用、現在は平日は別の認可保育園にお子さんを預け、tsuburaは土日祝日に活用しているそう。

|タグチハルカさん・1児(1歳5か月)のママ

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——実際に利用してみていかがですか?

「近くでお仕事していて、たまたまここを通った時に、何ができるんだろう?と思ってたら託児所だったんです。中が見えないようで見えるし、様子もわかったので信頼できるなと感じたんですね。『tsubura.net』で子供の様子は仕事中にちょっと時間が空いたら見て、お昼食べたんだ、とか、そういう様子が少しでも見れると安心できますね。やっぱり笑ってる写真とかあると親としては正直ホッとします。迎えに来た時に、同じく利用しているお母さんとか保育士さんがいると話し込んじゃいますよね。別にそんな大した話してないんですけど、今こうなんですよね、ああなんですよねって話すだけで気持ち的にも楽になりますよね。

Apple Watchで保育士さんの業務を簡略化!テクノロジーはどう子育てをサポートできるのか?

自身の得意分野で保育サービスの刷新を図るtsubura。その軸をなす「tsubura.net」とは実際どんなサービスなのか伺った。

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—「tsubura.net」では予約以外にどんなことができるんですか?

山内:一時預かりサービスの特色柄、初めて託児所を利用する方が多いんですね。で、実際に預けたものの落ち着かなくて、「うちの子大丈夫かな?泣いてないかな?」って心配した時に、写真で様子がわかるだけでリラックスできるんですよ。そういう点をテクノロジーでなんとか解決できないかな?救ってあげることができないかな?と思ったところから、お客様にお子さんの様子をアプリを介して写真などでお伝えしています。それとApple Watchの導入は保育士さんの視点からなんです。さっきも言ったように、IT化が遅れている理由としては、私の主観ですけど、単純にパソコンが得意な人が少なすぎるんですよね。そこまで業務に必要がないので。それに保育中にパソコンの前にはいられないですし。あと、書かなきゃいけないものがものすごく多いんですね。特に子どもの記録ですが、今、認可外とか待機児童の問題でどんどん行政の指導も厚くなってきて、何時何分にオムツを代えた、ご飯食べたって手書きで書くんですけど、その手書きのレポートがものすごい負担で。子ども1人に対してマンツーマンでのケアはまずないので、一人が2、3人分書いて、しかも2〜3時間で交代になるので1日に数人以上のレポートを書くことになるんです。それがすごく負担なのでなんとか軽減できる手段はないかなと。

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——手書きのレポートの項目がこんなに多いとは知りませんでした。

山内:パソコンは使えないんですけど、スマホは保育士全員使えるんですよね。なので、スマホでシステムを理解してもらうと、Apple Watchになっても「あ、これスマホの機能なのね」って感じで、すごく飲み込みが早くて。あと、子どもを抱っこしている体勢が多いので、そういう時でもApple Watchなら使えるので、ウェアラブルな点も現場職には向いてるんじゃないかなと思って。ただ入力のインターフェイスが弱いのでApple Watch自体は、スタンプなどの定型的に入力できるものだけにして、写真とかコメントとか必要なものはスマホで入力するフローにしています。クリックするとリアルタイムで外にいるお母さんがお子様の様子を見えるようなレポートが出来上がるシステムです。

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——実際に見せていただいてもいいですか?

山内:保育士さんが使ってるのはアプリなんですけど、利用者さんはウェブからログインして、リアルタイムの写真や、今、ご飯食べましたとか、遊んでますとか、更新されたのが随時見られるようになっています。例えばお昼ご飯の献立も書くんですけど、文字だとイメージを膨らませるしかないじゃないですか?でも写真なら1枚で伝わるんですよ。あと、ミルクを何時にどれぐらい飲みました、とかはスタンプで送ることができます。

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——例えば食物アレルギーなどの事前情報の共有もしやすいですか?

山内:予約をしていただく段階で、お子さんの情報を家で登録してきていただくので、アレルギーのある食物を抜いた形でお昼ご飯を出せますし。当日だとバタバタで受付で項目を確認しきれない場合もあるので、事前に登録していただくとこちらも心構えができますし、お忘れ物もなくなるので。

——「tsubura.net」の最大の功績はお母さんと保育士さんが情報をシェアできることからくる安心感?

山内:そうですね。今まではレポートをお帰りの際に渡していたので保育士とお母様のコミュニケーションって定期保育なら翌日になるんですが、リアルタイムでスマホに返ってくると「あ、お昼食べたんですね」みたいな、「そうだったんですよ」とか、いなかった間の話をもとに会話やコミュニケーションが生まれます。

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▲アレルギー原料不使用の卵を使わない「たまごボーロ」。関東での取り扱いは「tsubura」のみ

——提携店舗を増やす営業をしていくなかで、子育てサービスの現状から、どんな壁を感じられますか?

山内:CSRとかダイバーシティにお金をかけられる企業の大きさになれば、自社で託児所とかもお持ちなのかもしれないですけど、私たちが根付かせたくて、提携をお願いしているお店は大体が個店さんになるので、単独で託児環境を整えるのが難しい状況です。必要性は感じていらっしゃる方が多いのですが、そこに費用負担があるとなると躊躇される方がやはり多くて。。。でも、一度賛同してくださった店舗さんで「辞めたい」とおっしゃるところはまだ一店もないですし、うまくご利用いただいているところは毎日必ずお客様がいらっしゃるぐらいご利用いただいていますね。

——福利厚生として持てる会社と個人事業者で二極化してるのかもしれませんね。

山内:そういう意識をするところに立つ機会がなかったんだと思うんですけど、ただ、サービス店舗の従業員の方は女性が多いし、今の時代、産休でリタイアしなくなってきているので、その辺からも変わってくるんじゃないかなとは思うんですけどね。今はみなさん自分のお客様をつないで、自分のお子さんがそのまま幼稚園なり小学校なりに入った時に収入が続いていればいいやっていうので、お子さんが小さい間は託児所に預ける分を稼ぐしかない。ほとんどタダ働き同然で担っているのが現状だと思います。

——その状況を個店のオーナーさんにも理解してもらい、また他の街でも活用されるといいですね。

山内:「tsubura」だけじゃなくて、例えば品川だったり大阪だったり行った時にも、すぐ託児所が見つかるようになったりすればいいんですけどね。まあ、でもそういう取り組みのきっかけというか、文化が何かしらそっちに向いてくれれば十分かなとも思っています。

——では最後に、“子育てシェア”という意味で「tsubura」が抱く今後の展望を教えていただけますか?

山内:大きくは二つありまして、今話したように、「tsubura」がやっているサービスが他の街でも真似されて、どこの街に行ってもお母さんが気軽に自分の時間を持てるようになったらいいなというのが一点。
あと、「tsubura.net」で登録されたデータがすごく貴重なデータなので、そこを活かせたらなと思っていて。お子様の身長、体重、検温もしてるんですけど何時間に何回オムツを換えるかとか平均値が取れるわけですよ。1日にこれぐらいオムツ交換してるけど、これって多いのかな?少ないのかな?って誰も知らないんですよね。うちで使っているデータを他の託児所や一般のご家庭で参考にできるように解放していって、育児不安を抱えているお母さんの指針になればなと。今後は育児の現場でもテクノロジーでのサポートを当たり前にして、知識の蓄積になっていければいいですね。

インタビューを終えて、山内さんも木村さんも自身のキャリアとスキルを育児でストップさせることなく、しかもワーママの悩みである託児そのものに活かすというバイタリティを感じました。ITを導入することで利用者も保育士の負担も軽減し、かつお子さんにつきっきりのふたりきり育児に陥りがちなママの心理的なストレスもいくらか軽くできる。子育てを奥さんに任せていた世代の男性、個店オーナーの意識の変化や、地域で保育にお金を使うといったビジョンの共有が徐々になされていけば、「tsubura」が掲げる理想の実現だけでなく、全国の託児所にとっても新たなアプローチのロールモデルになるのではないでしょうか。

photo by YosukeKAMIYAMA