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帰る田舎をシェアする「シェアビレッジ」

両親の銀婚式のお祝いに、家族旅行をしようと思いついた。年齢を重ねた両親を連れるなら、「故郷」とでも呼ぶべき田舎に帰るのが最適なのかもしれない。しかし、私の両親は東京に移住して長く経つため、帰る田舎というものを持たない。そんな中で「シェアビレッジ」という行き先を提示したのは、母だった。

シェアビレッジとは?

シェアビレッジでは、「村があるから村民がいるのではなく、村民がいるから村ができる」という考えのもと、消滅の危機にある古民家を村に見立てて再生させている。1つの家を多くの人で支えることができる仕組みを提供することで、全国の古民家を村に変えていきながら、「100万人の村」をつくることを目指すプロジェクトである。

「年貢」を支払うことで村人になる

シェアビレッジの仕組みは、元来の村に沿っている。「年貢(NENGU)」と呼ばれる年会費3,000円を支払うことで、誰でも村民になることができる。村民になると自分の好きな時に自分の村へ行き、田舎体験をしたり、村民同士で楽しんだり、宿泊したり、のどかな環境で仕事したり、制作活動に浸ったり、、自分の思うままに村を活用することができる。

そんなシェアビレッジの魅力に惹かれた母は、「年貢を納めて村民になろう」という言葉が導く通り、年貢(会費)を納めて村民証を手に入れ、シェアビレッジに出入りする権利を持っていた。そうして、両親と私の三人は、秋田県へと赴くことに決めた。当記事は、世にも珍しい親子三人のシェアビレッジ体験記である。

誰でも村民になれる場所。秋田県町村集落。

羽田空港から秋田空港までは1時間。レンタカーに乗り換え、なだらかな農道を通り田園風景を運転すること小一時間で小さな集落に到着する。秋田県南秋田郡五城目町。秋田県の中心からやや北側に位置する、人口1万人に小さな在郷。そこに町村(まちむら)集落がある。“町村”の由来は、もともと16世紀初頭に始まった朝市にある。市場の市を当時は“町”と呼び、朝市発祥の地として“市(町)の村”が“町村”になった。その集落の中心にある築133年の茅葺き古民家が「シェアビレッジ町村」だ。

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「村民がいるから村ができる」シェアビレッジのコミュニティ。

どこにいても繋がる場を作れる、シェアビレッジの仕組み。

シェアビレッジの村民は日本各地にいて、村民数は900人を超えている。村人は、年貢を支払うことで体験できる田舎暮らしに加えて、都市部定期開催飲み会「寄合(YORIAI)」にも参加できる。村人になったとはいえ、都市にいると頻繁に地域に行くことは難しい。そこでシェアビレッジが開催する飲み会に参加できるのがこの制度だ。都市部にいる村民を対象にイベントを開催することで、村民が集まり村の未来について話し合い、そのつながりを強めることが出来る。

また、仲良くなった村民同士で自分たちの村に遊びに行く「里帰(SATOGAERI)」というイベントや、年に一度のお祭りである「一揆(IKKI)」といった活動(ミュージシャンを呼んで行う音楽フェスなど)もあり、田舎&都心の両方で「村人体験」が出来るのが、シェアビレッジの魅力なのである。

その交流はオンライン上でも広がっている。どこにいても近くの村民と繋がる機会を作り、各地で村民によるコミュニティが生まれていくことで、次の活動に繋がりはじめている。村民限定のFacebookグループがあり、寄合のレポートや村民からのイベント情報含め書き込みが続いている。

クラウドファンディングを通して人が集まり、生まれたコミュニティ。

シェアビレッジプロジェクトでコミュニティが生まれたきっかけが2つある。1つがクラウドファンディング。不特定多数の人がインターネットなどを介して資金を集める「クラウドファンディング」のプラットフォーム“MAKUAKE”で、3000円から応募できるプロジェクトが立ち上がり、3000円だと村民証が、1万円だと秋田のお米や野菜などの特産品がリターンとして送られてくる。3000円からプロジェクトに関われる気軽さも手伝って、872人から約600万円が集まった。もう1つがMAKUAKEに掲載した紹介ムービー。設定は東京で働くOLが仕事に疲れてぽつり「田舎に行きたい」とつぶやく。東京から雪の降る秋田に移り、ホオヅキや日本酒など秋田の名産と茅葺き古民家の佇まいが映し出される。囲炉裏でお餅を焼きつつ、友人とご飯を食べるシーンで締めくくられている。

シェアビレッジ町村の周辺に観光地はない。ただ、田舎はある。

シェアビレッジ町村の周辺には観光地らしいものは何もない。なにか珍しいものを見つけようとしてもあるのは山里だけ。だが、そんな何もない集落には、都会ではまずお目にかかれない魅力があるのだ。まず茅葺き古民家に立ち入れば、だれもが感嘆の声を上げる。「暗いけど、懐かしい感じがする。」「タイムスリップしたみたい。」内戸を開けると薄暗い土間が広がる。中に入ると、お米を焚く釜戸、上を見上げると煤けた茅、北側には自在鉤と歴史の面影が随所に見える。四季を通して色づく庭には、春にはフキ、ミズ、ゼンマイなどの山菜。夏にはかぼちゃ、トマト、茄子、きゅうり、じゃがいもにみょうが。秋には栗と柿が実る。庭で採れたばかりの野菜と、釜戸で炊くお米、そして囲炉裏で焼いた魚が食卓に並ぶ。田舎ならではの素朴で豊かな食事だ。もちろん、全て自分で作るのがシェアビレッジ流。地元の郷土料理を知りたければ、隣に住むおばちゃんにお願いをして一緒に「だまこ鍋」を調理できる。両親は「昔の実家に来た感じ。子どものころにタイプスリップしたみたいだ。そこに娘といるのが不思議だね。」と話していた。

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田舎と都会をシェアする。

実際に体験してみて、田舎の奥深い魅力に気付いた。釜戸で火を起こし、野菜を庭でとる。一つ一つの手順に新たな発見がある。日が落ちる前に夕食を作り初めて、とっぷり日が暮れた頃に全ての料理が食卓に並ぶ。都会での暮らしとは違った時間の使い方。飲食店も、娯楽施設もない。なにもないからこそ、じっくり時間をかけて、「そこでしかできないこと」に向き合ってみる。

東京から来た宿泊者は食事が終わってもまだ20時台なことに驚くのだそう。もちろん自分も御多分に洩れず、予想外に時間が進んでいないということにハッとする。日が暮れるとやることがないので、早々にお風呂に入り就寝。次の朝は太陽の光と共に目が覚める。起きるとまだ5時。普段の暮らしとはまったく異なる、自然に還ったかのような生活リズムに心地よさを覚える。

地方社会から、「人」が去っていく。

多くの茅葺き古民家が毎年取り壊されているそうだ。主な原因は2つ。1つは住む人がいないということ。古くからの日本建築は自然と一体で、外と中とで隔たりがない。夏は土間のおかげで涼しい風が通り抜けて過ごしやすい一方、冬は襖を閉めても隙間から冷気が入り、雪で気温も上がらず厳しい環境になる。もう1つは、茅葺き屋根の維持費が高いこと。一昔前は集落全体が茅葺き屋根で、毎年交代で屋根を集落全体で協力して改修してきた。しかし、時代と共にトタン屋根が増え、茅葺き職人も珍しくなるにつれ、屋根を維持するのに多額の費用がかかるようになった。

このような古民家を維持するのに、文化財指定など補助金を利用して維持する方法がある。しかし、高齢化が進み社会保障に重点が置かれる未来に、いつ補助金が切られてもおかしくない。ならば、この古民家を長く維持する方法をどう作ればいいのか?シェアビレッジでは「人が集まる場を『村』として運営する。」という考え方をもとに、自分の生まれた場所に根付いたものではなく、思いに共感できる人たちが集まることを主軸に据えている。日本古来の文化財と言える茅葺き古民家を、これからも長く維持したいと思う人たちが集まるコミュニティとしての仕組みを、シェアビレッジプロジェクトは担っている。

シェアビレッジは、少子高齢化社会の希望になるのか。

秋田県の高齢化率は日本で一番高く、シェアビレッジが位置する五城目町は県内で3番目に高い43.2%。現在は1万人の人口も、25年後には半分になると予測されている。地方創生を推し進める上で、移住定住は重要なテーマ。けれども、毎年約200人減る人口に歯止めをかけることは可能だろうか。ここで安易に「シェアビレッジが高齢化を解決する。」と結論を導くことはできない。しかし、このムーブメントの中に希望があるということもまた事実だ。シェアビレッジが様々な人々の故郷として、あるいはコミュニティとして機能するのであれば、定期的な人の交流が生まれ、町の新陳代謝が可能になる。経済を動かし文化を保存する観点でここには大いなる可能性があるのではないか。今はまだ小さな現象だが、自治体主導でこのムーブメントを後押しすることができれば、地方社会が直面する課題を解決する足がかりになるのではないだろうか。故郷と呼ぶにはまだ慣れない藁葺き屋根の下で、そんなことを考えた。